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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百六話「暗王からの使い」 毒ガス幻影怪獣バランガス 火炎飛竜ゲルカドン 登場 ミョズニトニルンを背にするタバサは、連続して氷の矢を飛ばして攻撃してくる。才人は横に 転がることでどうにか避ける。 「タバサ! お前これ、一体どういうつもりだよ!」 タバサに攻撃される理由が全く分からない才人が怒鳴るが、返事は氷の矢であった。 「くッ……!」 才人はデルフリンガーで氷の魔法を吸い込むことで防御。再びタバサに問いかける。 「どういう理由があって、俺を攻撃するんだ」 それにタバサは短く答えた。 「命令だから」 「……お前ッ! タバサに何をしたんだ!?」 才人はミョズニトニルンがタバサの精神を操作しているのではないかと考えたが、ミョズニトニルンは 冷笑を浮かべて否定した。 「わたしは何も特別なことはしてやいないさ。さっき言っただろう? この子は、北花壇騎士。 わたしたちの忠実なる番犬だもの」 「番犬?」 「見ものだねえ。シュヴァリエ対シュヴァリエ。わたしの主人が小躍りして喜びそうな組み合わせだよ」 ミョズニトニルンは余裕でも見せつけているのか、その場に留まって才人とタバサの戦いをながめている。 才人は跳躍し、一気に距離を詰めてタバサの杖を切り落とそうとしたが、タバサは魔法で 軽やかに跳ねてかわした。タバサの体術と魔法を組み合わせた動きに才人は翻弄される。 「くそッ、はえぇ……」 「相棒の心が震えてねえからだ」 「そりゃそうだよ! 何で俺があいつと……」 才人が翻弄されているのは、いつもの半分の力も出せていないからでもあった。まさか、 タバサ相手に本気で攻撃するなんてことは出来ない。せいぜい、杖を切り落とそうとする 剣戟を繰り出すのが精一杯。そんな剣の軌道は簡単に読まれてしまうのだ。 何度かの攻防の後、才人とタバサは十五メイルの距離を挟んで対峙した。するとタバサは 中腰にずっしりと構えて、呪文を詠唱し出す。 途端、タバサの魔力が色濃くなり、彼女の周囲に陽炎のように漂い始めた。向こうは勝負を 決めるつもりのようだ。 才人も息を呑み、もう一度タバサに呼びかける。 「タバサ。お前は強いから、手加減できねぇ。……どいてくれ! お前を斬りたくはねぇんだ!」 だが、タバサの呪文は途切れなかった。才人は諦めたように首を振ると、跳躍する。 同時にタバサも杖を振り下ろし、氷の槍が放たれた。 剣と氷の槍が交差。氷の槍は砕け散って、才人は氷の破片の隙間を突き進むが、タバサは もう一本の槍を用意していた。 「一本目は囮か!」 「うぉおおおおおおお!」 才人の絶叫に合わせて左手のルーンが光り、才人は加速。距離を詰めてタバサを突き飛ばし、 あおむけに倒れた小さな身体に馬乗りになってデルフリンガーを振りかぶった。 「杖を捨てろ!」 最後の警告を送るが、それでもタバサは杖を捨てず、氷の槍を突き出す。 才人もやむなく、剣を振り下ろした。 ドシュッ! ……剣と槍が交差した後、タバサは呆然と才人を見つめた。 剣はタバサの顔の横に突き立てられ、槍の先端は才人の脇腹に刺さっていた。 「……どうして?」 口の端から血が垂れる才人に尋ねかけるタバサ。才人は明らかに、剣の切っ先を外したのだ。 苦しそうな顔で才人はつぶやいた。 「だってよ……お前を殺せる訳ねぇだろ……。ルイズを守るためでも……何度も助けてくれたお前を、 犠牲に出来るかよ……」 「……」 タバサの碧眼から、透き通った液体が流れ出たのを才人は見た。 次いで才人を突き飛ばして、杖を振るって風と雪の破片を作り出す。 才人はとどめを刺されるものかと思ったが、違った。雪片は、ミョズニトニルンに向かって 放たれたのだ! 雪片はガーゴイルをズタズタに裂いた。飛び下ろさせられたミョズニトニルンの目が、 すっと冷たく細められた。 「おや……北花壇騎士殿。飼い犬が主人に刃向かおうというの?」 「……勘違いしないで。あなたたちに忠誠を誓ったことなど一度もない」 「ああそう……」 ジロッとタバサを見据えたミョズニトニルンが、すっと腕を上げた。 「主人に牙を剥くような飼い犬は、処分しなくちゃねぇ」 「クアァ――――――!」 それを合図に沈黙を保っていたバランガスが行動を開始。全身の噴出孔から、赤い毒ガスを 噴き出し始めた。 「うッ……!」 タバサは風を起こして毒ガスを散らすが、その間にバランガスがゆっくりと彼女に迫り、 押し潰そうとする。 才人は赤いガスに覆われている状況を利用し、ウルトラゼロアイを装着した! 「デュワッ!」 たちまち巨大なウルトラマンゼロへと変身! ゼロは猛然と飛び出し、タバサに迫るバランガスに 組みついて進行を阻止した。 「セェェイッ!」 「クアァ――――――!」 バランガスは力ずくでゼロを振り払うと、狙いをタバサからゼロに移し、後ろ足で立ち上がって ゼロと対峙した。 ゼロがバランガスを引きつけている間に、タバサはミョズニトニルンを見据えたが、ミョズニトニルンの 方にタバサと事を構える意思はなかった。 「獲物はいただいていくわよ」 そう言った瞬間、上空から巨大な影が降ってきた。 「キュアアアッ!」 全長六十メイル以上もあるトカゲ型の怪獣。腕が四本もあり、その間に皮膜が生えているという 異様な姿で飛行している。 火炎飛竜、ゲルカドン! 『あれは……あいつが噂の怪鳥の正体か!』 才人はそう判断した。羽の差し渡しが百五十メイルというのは大袈裟だが、暗闇で恐怖とともに 大きさも倍化して見えたのだろう。 ミョズニトニルンはルイズを抱え、ゲルカドンの背の上に飛び乗った。ゲルカドンはそのまま浮上し、 上空へと逃れようとする。ルイズを連れていくつもりだ! 『させるかぁッ!』 そんなことはさせないと、ゼロはゲルカドンに向かってゼロスラッガーを投擲する構えを取った。 「クアァ――――――!」 だが背後からバランガスよりぶちかましを食らい、はね飛ばされた。 『ぐわッ! このヤロッ!』 ゼロは先にバランガスを倒そうと、左腕を横に伸ばした。ワイドゼロショットの構えだ。 しかしその瞬間に脇腹に激痛が走り、姿勢が崩れた。 『ぐぅッ……!?』 先ほど、才人はタバサから手痛い負傷をもらってしまった。そのダメージがゼロにも反映されているのだ。 如何に凄腕のゼロでも、重傷を負った状態では満足に戦うことは出来ない。 「クアァ――――――!」 バランガスはそれをいいことに、ゼロに突進して突き飛ばすと、その上にのしかかった。 「クアァ――――――!」 動きを封じ込んだゼロに毒ガスを浴びせる! 『うぐあぁぁぁぁッ!』 この攻撃にはゼロも大いに苦しめられる。カラータイマーが早くも危険を知らせ始めた。 バランガスに足止めされているゼロに代わり、タバサが呼び寄せたシルフィードに跨って ゲルカドンを追いかけ、その前方に回り込んだ。 「ウィンディ・アイシクル!」 目を狙って氷の槍を放ったが、ゲルカドンは口から火炎を吐き出して氷の槍を溶かしてしまい、 タバサとシルフィード自身も狙った。タバサたちはたまらずゲルカドンの側方に逃れる。 そこからゲルカドンの体表にウィンディ・アイシクルを発射するも、突き刺さらずに弾かれてしまう。 「キュアアアッ! キュアアアッ!」 ゲルカドンは周囲に火炎をまき散らしてタバサを執拗に襲う。懸命に立ち向かうタバサだが、 彼女の氷の魔法はゲルカドンに対してあまりにも相性が悪い。その上、才人との戦いで既に精神力を 消耗した状態にある。このままでは勝ち目などない。それでも彼女は抗っている。 タバサがピンチであるが、ゼロはバランガスに下敷きにされたまま切り返すことが出来ないでいた。 やはり、脇腹のダメージが重すぎる。 この状況下で、才人は己のことを深く悔やんでいた。 (くそ、俺は何やってたんだ……。俺がもっとしっかりしてれば、負傷することもなかったはずなのに……!) タバサとの戦いの時に迷いを振り払い切れなかった。覚悟を決めてガンダールヴの全力を 出せていれば、深手を負うことなくタバサを無力化することも出来ていただろうに……。 自分が甘かったせいでこんな事態になってしまった。このままでは、ゼロもタバサまでもが やられてしまうかもしれない。 (何がシュヴァリエだ……。浮かれてた自分が恥ずかしい……!) 悔やむ才人の脳裏によみがえったのは、コルベールの顔。才人が人のために戦う努力をする 決意を固めたのは、大好きだったあの先生の存在もあった。 異邦人に過ぎない自分のことを認め、心配し、困った時にはいつも助けてくれたあの人。 生徒のために立ち上がる、勇敢な心を持ったあの人。過去の罪を悔やみ、世のため人のために 働こうという道の半ばで倒れてしまったあの人。才人はコルベールの生き様に尊敬の念を抱き、 彼のようになりたいとも思っていた。それなのに……。 (俺、コルベール先生のようには半分も……十分の一もなれてねぇよッ……!) 才人が心の中で叫んだ時……はるか上空で、何かが光った。 そして荒れ狂う炎が天から降り注ぎ、ゲルカドンの顔面に炸裂を引き起こした! 「キュアアアッ!」 爆発の衝撃を顔に浴びたゲルカドンはひるみ、タバサへの攻撃の手を止めた。そのお陰で タバサとシルフィードは救われる。 炎はバランガスにも命中し、バランガスも一瞬動きが鈍った 「クアァ――――――!」 『! てぇやぁッ!』 その隙を見逃すゼロではない。力を振り絞ってバランガスを押し上げ、遠くへ投げ飛ばした。 『どぉりゃあぁッ!』 バランガスを払いのけて立ち上がったゼロが見上げたその先の空から……巨大な何かの影が 降下してきた。シュシュシュシュシュ……という聞き慣れない音がそれから聞こえる。 そしてゼロの目に飛び込んできたのは、巨大な翼。差し渡しは、百五十メイルはあろうか。 ゲルカドンよりも更に巨大だ。そして翼の後ろには、プロペラが回っている。胴体はハルケギニアの 空飛ぶフネのようであるが、航空力学の理に適った流線型をしていた。 フネというよりは、才人が駆っていたゼロ戦……『飛行機』によく似た形状であった。 「キュアアアッ!」 ゲルカドンは両目からレーザーを放って反撃したが、翼を持ったフネは巨体に似合わないほどの 速度で旋回、回避した。通常のフネではありえない飛行性能だ! そしてフネから、拡声器か何かを通したようなエコーのかかった声が発せられた。 「“ウルトラマンゼロ、聞こえているでしょうか?”」 それは今の才人が、誰よりも聞きたかった声……コルベールの声であった! 『――えッ!? 何で生きてんの!?』 驚かされて腰を浮かすゼロ。彼が声に反応したことで、コルベールは続いて呼びかけた。 「“こちらで飛行怪獣の動きを止めて隙を作ります。その間に仕留めて下さい”」 それでハッと我に返ったゼロは、首肯することで返事を示した。 フネから一斉に、コルベール謹製のマジックアイテム“空飛ぶヘビくん”――地球で言うところの ミサイルが発射され、ゲルカドンに次々直撃。連続した炸裂を食らってゲルカドンが姿勢を崩した その瞬間を狙い、ゼロが動く。 『ウルトラゼロランス!』 ウルティメイトブレスレットからウルトラゼロランスを出し、ゲルカドンに向けて一直線に投擲! ぐんぐん空を突っ切っていったランスは、見事ゲルカドンの胴体を貫いた。 「キュアアアッ! キュアアアッ!」 ゲルカドンはもがき苦しみ、一気に高度を落としていく。ゼロはそれを目指して駆け出した。 才人の心の沸き上がりによって、気がつけば脇腹の痛みも消えていた。 コルベールが生きていた……。それは才人にとって、これ以上ないほどの喜びであったのだ。 「まずいね」 落下していくゲルカドンの上でミョズニトニルンは舌打ちした。このままでは、確実に自分も捕まる。 やむを得ず、ミョズニトニルンはルイズを放り出してゲルカドンの背を蹴った。ルイズを囮にして、 自分はバランガスの方へ乗り移った。 ゼロは空中に投げ出されたルイズをキャッチ。ゲルカドンは直後に爆散した。 『よっしゃ!』 駆けつけたタバサに取り返したルイズを託すと、バランガスの方へと振り向いた。 「クアァ――――――!」 途端に、バランガスはガスを辺りに充満させて身を隠す。 ゼロは即座にガスの中に飛び込んでバランガスを捕らえようとしたが……いつの間にか、 バランガスの気配は消えていた。 ガスが晴れる。やはり、バランガスの姿は周囲のどこにもなくなっていた。 『逃げやがったな……』 ゼロはひと言つぶやき、変身を解除して才人の姿に戻ったのだった。 激戦の夜が明けた、朝。才人たちを救ったコルベールのフネは、学院から離れた草原に停泊された。 学院の生徒や教師たちが集まり、遠巻きにしながら興味津々に見つめていた。 「合計三つの回転する羽が、このフネに帆走の数倍に達する推進力を与えるのです。あの回転する 羽を動かす動力は……、石炭によって熱せられた水により発生する水蒸気の圧力で得ています。 “水蒸気機関”とわたしは呼んでおります。あの“竜の羽衣”に取りつけられた動力装置と、 似たような設計です」 当のコルベールはフネのことを、オスマンに説明していた。 「すごいフネじゃな……、どうしてあのように巨大な翼を取りつけたのじゃ?」 「東へ行くためです。長い航続距離を稼ぐためには……、なんとしても風石の消費を抑えねばなりません。 あの巨大な翼でフネを浮かす浮力を稼ぐのです。そのためわたしは、このフネを『東方(オストラント)』号と 名づけました」 「いや見事じゃ。軍艦に応用したら、どれだけの空軍力が編成できるか……」 「私はこれを軍艦にするつもりはありません。あくまでこれは“探検船”なのです。使用した技術は 対怪獣用にならば提供の意思はありますが、研究費はミス・ツェルプストーの家から出ておりますし、 これの船籍はあくまでゲルマニアに所属します。トリステイン政府が勝手に軍艦に使用することは、 外交問題になりますでしょう」 コルベールとオスマンのやり取りを、ちょっと離れたところでキュルケ、ギーシュ、モンモランシー、 ルイズ、そして才人が見守っていた。 モンモランシーが、気の抜けた声でつぶやく。 「あの先生、生きてたのね……、というかあんた、どうして“死んだ”なんて嘘ついたのよ」 キュルケが、得意げに髪をかきあげて答える。 「だって……、あの怖い銃士隊のお姉さんを騙さなくちゃいけなかったでしょ? あのままじゃ、 わたしのジャンは殺されてたわ」 「わたしのジャンってどういうこと?」 「いやだわ。彼の名前じゃないの」 「はぁ? 彼の名前?」 「そうよ。素敵な名前……」 うっとりとしたキュルケの声で、モンモランシーは彼女の想いに気づいた。 「あんた……、まさか……」 「そのまさかなの。だってわたしのジャンってば、あんない強いし、その力をひけらかしたりしないし、 物知りだし、終いにはあんなすごいフネまで造っちゃうんだもの!」 「何歳離れてるのよ」 「年の差なんか、何の障害にもならないわね」 「頭薄くない?」 「太陽のようだわ。情熱の象徴ね!」 のろけるキュルケにモンモランシー、ギーシュが呆れ果てる一方で、才人はゼロにこそっと尋ねかけた。 「ゼロ、お前までキュルケの嘘に気づかなかったのか?」 『いやぁ、全然……。だってさぁ、あの状況で生きてるなんて思わないだろ?』 「いやまぁ……うん、そうだね」 うなずく才人。かくいう自分も、雰囲気に呑まれて信じ込んだ。勢いあまって墓まで建てたほどだ。 コルベール本人から苦笑いされて『悪いけれど、後で撤去しておいてくれたまえ』と言われてしまった。 「ミス・ツェルプストー」 「はーい! っていうかキュルケってお呼びになって! と何度言ったらそうしてくれるの! いやだわ! わたしのジャン!」 コルベールに呼ばれ、キュルケはスキップでも踏みかねない勢いで飛んでいった。その背中を 見送ったモンモランシーがぽそりとつぶやく。 「まぁ、収まるべきところに収まったのかしらね」 ギーシュがモンモランシーの肩に手を伸ばした。 「よく分からんが……、ぼくらも収まるべきところに収まろうかね……、あいで」 モンモランシーに手の甲をつままれた。 「痛いじゃないかね!」 「あんた、サイトたちが大変なことになってたとき、何してたの?」 「いやぁ、舞踏会で……」 「騎士隊作ったんなら! ちゃんと働きなさいよ! 隊長でしょ! あんた!」 ぎゃんぎゃん怒鳴られ、ギーシュはしょぼんと肩を落とした。 その傍らで、ルイズは才人に告げた。 「サイト、また助けてくれてありがとう。そして、コルベール先生が生きててよかったわね」 「うん……」 しかし、才人はどこか浮かない表情であった。 「どうしたの? 先生が死んだと思った時、あんなに悲しんでたのに……嬉しくないの?」 「そりゃもちろん嬉しいさ。でももう一つ、気がかりなことがある……だろう?」 聞き返され、ルイズは難しい顔になって首肯した。 「ミョズニトニルンと名乗った女と、タバサのことね……」 二体もの怪獣を操っていたミョズニトニルンという女……何者なのだろうか。しかもタバサと 何らかの関係まであるようであったが……。ガリアのシュヴァリエであるタバサを「自分たちの番犬」と 呼んでいたが……まさか……。 タバサにそのことで問いただしたいところであるが、肝心のタバサの姿が見えなかった。 その頃タバサは、寮塔の自分の部屋で一通の手紙を広げていた。署名も花押もないまっさらな 手紙だが、差出人は痛いほどに分かっていた。 文面にはタバサの好意を非難する言葉は一切書かれていないが、代わりにシュヴァリエの称号を 剥奪する旨と、ラグドリアンの湖畔に蟄居していた母の身柄を押さえたことだけが、たった二行で 述べられていた。 タバサは読み終えた手紙を細かく破り、窓から放った。 後悔などない。どうせ母は囚われの身だった。住むところが変わったというだけのこと。 自分の手で母を取り返す……“約束”の時が、遂にやってきたのだとタバサは思った。 口笛を吹き、シルフィードを呼び寄せると、その背に飛び乗ってひと言短く命じた。 「ガリアへ」 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました 03.明日ハレの日、ケの昨日(*1) その年の召喚の儀式は、初めは例年のように進行していた。生徒達の召喚呪文に よって、普通に使い魔として見かける生き物達が召喚される。猫やカラス、蛇に フクロウ。特殊なところでは風竜が呼び出され、周囲を驚かせたくらいだ。 しかし、ある男子生徒の召喚から状況が一転する。彼のところに現れたのは、 何と妖精だった。身長七十サントほどのそれは透明な羽を持ち、何より人間の 言葉で挨拶をしてきたのだ。 初めはエルフの類かとも思われたのだが、その愛らしい笑顔が周囲を魅了した(*2)。 聞けば、特別なことは何も出来ない(*3)という。それでも、召喚した男子生徒は 得意満面で妖精とコンタクト・サーバントを行った。風竜には敵わないけれど、 それでも十分特殊な生き物だ。メイジの力を見るなら使い魔を見ろ、というでは ないか。今はただのドットクラスだけれど、きっと自分には秘められた力があるに 違いない――。 残念ながら彼のその希望は儚くも砕かれることになる。次々と呼び出される 妖精達。先ほどの妖精を羨ましそうに見ていた生徒達が一転、今度は嬉しそうに 契約をしていく。 そして毛色の変わった生き物が呼び出されはじめた。基本的に人間の姿をして いるものの、鳥の様に翼があったり、虫の触角が生えていたり、猫の尻尾が二本 生えていたり、捻れた角が生えていたりと様々である。ただ共通しているのは、 みな女性――それも少女と言っても良いような年頃の姿をしていること。そして みな知り合いだということだ。 彼女たちは自分たちのことを『ヨーカイ』なのだと話した。妖精とは比べものに ならない力を持っており、契約すれば使い魔として働くという。 「まあ妖怪って基本的に、人を襲って食べたりするんだけどね。でもそれはそこの 大きいの(*4)だってそうでしょ? 大丈夫大丈夫、使い魔として呼び出されたん だから、ちゃんと使い魔をするよ」 角の生えた少女――自らを伊吹萃香と名乗った――は笑顔でそういうと、腰に ぶら下げた奇妙な形の入れ物を口につけた。ゴクゴクと喉が動き、プハァと息を 吐き出す。酒臭い。それを見た召喚主は、コンタクト・サーバントしただけで 酔っちゃいそう、と現実逃避気味に考えていた。本当は考えなければならない ことは他に沢山ある。どういう種の生き物なのか。何が出来るのか。自分の 専門属性は何になるのか。そして、コンタクト・サーバントをすべきか否か。 彼女は助けを求めるように、引率の教師を振り返った。 召喚の儀式は神聖なものであり、契約は絶対のもの、とはいうものの、引率の 教師であるコルベールは内心頭を抱えていた。敵意はない。自分たちから進んで 使い魔をやるという。その点はとても望ましいことだ。しかし、自分の中の何かが 危険信号を発している。これは危険な生き物だ、と。 結局彼は、召喚と契約の続行を決めた。召喚の儀式で使用される、魔法に対する 信頼があるからだ。また今までの記憶にも記録にも、召喚した生き物が制御 できなかったということはない。 彼女は諦めて、自分の呼び出した酒飲みとコンタクト・サーバントを行った。 案の定、酒臭い。眉をしかめる様に気づいた様子もなく(*5)、萃香はどこから ともなく取り出した茶碗に酒をつぐと、召喚主に向かって差し出した。萃香達の ところでは、主従関係を結ぶ場で酒を飲むしきたりがある(*6)、という。匂いを 嗅いだだけでも、かなりアルコール度数が高いことが分かった。彼女たち貴族も 一応普段からワインを嗜んでいるが、それは様々な香料を入れたり甘みをつけたりと アルコール度を薄めたものを少し飲むだけだ。ここまで度数の高いものをそのまま 飲んだことはない。それでも彼女は、その酒を一息に呷った。使い魔になめられる わけにはいかない、と思ったのかどうか。しかし彼女は茶碗を手から取り落とし、 目を回して倒れ込んだ。地面にぶつかる前に、彼女の使い魔となった萃香が軽々と 彼女を抱え、ゆっくりと地面に寝かせてやった。そして手を叩き笑う。 その心意気は見事、と。 それを見ていた他の妖怪や妖精も、手に手に湯飲みや茶碗を取り出した。 そして自分の召喚主に対して笑いかけた。さあ、私たちも、と。こうして召喚の場が 宴会場へと変わっていくのであるが、未だ召喚を行っていない者達には それどころではない。なにしろ次に呼び出された生き物は、今までとは段違いに 危険だったのだから。 背格好自体は十歳に満たない少女の様。日傘を差し、背中には蝙蝠のような羽、 笑った口元には牙のような犬歯が見える。彼女は辺りを見回すと、威厳に満ちた 口調で言い放った。 「私はレミリア・スカーレット、誇り高き吸血鬼の貴族。 さあ、私を召喚した幸運な子は誰?」 「吸血鬼!」 コルベールは油断なく杖を構えると、レミリアに相対した。彼の知っている限り、 吸血鬼などといった人間に敵対する知性体が召喚されたことはない。 「吸血鬼が一体どうして召喚されたのだ?」 「もちろん、使い魔をするためよ」 そこの連中と同じよ、と酒を飲んでいる妖怪を指さした。指された方は笑って 手を振り返す。 「いや、私が聞きたいのはそういうことではなく……」 「何故、こんな得体の知れない連中が大量に召喚されてるのか、ってこと?」 「……まあ、そんなところだ」 明らかな敵意を向けられてなお、レミリアは悠然と笑い言い放った。 「後に召喚される妖怪の中には、説明が得意なのもいるわ。 彼女達に聞いてちょうだい」 知識人っぽいのとか、家庭教師っぽいのとか、と含み笑いをするレミリア。 「後に……ということはまだ君たちのような人外が呼び出されるというのか?」 「そうよ。まあ、その中でも私が一番(*7)だけど」 何が一番(*8)なのやら、と妖怪連中から戯れ言が飛ぶが、一睨みで黙らせる。 「むやみに人間を傷つけるつもりはないわ。貴族の誇りにかけて、ね」 貴族の誇りを出されてしまっては、人間達も黙るしかない。それに納得も していた。人間にも平民と貴族がいるように、吸血鬼にも普通の吸血鬼と高貴な 吸血鬼がいるのだ、と。粗野な平民と違い、貴族には礼儀と誇りがあるものだ。 それは、吸血鬼でも変わらないのだろう。 コンタクト・サーバントを終わらせると、レミリアはニヤリと牙を見せて笑った。 「吸血鬼に相応しい主人にしてあげるわ」(*9) レミリアを呼び出した女生徒は、顔色を青くしながらも頷いた。普通の下級貴族で ある自分にそんなことが可能なのか。いや、やるしかないのだ。吸血鬼を使い魔に した貴族など、きっと後世にも名前が残るだろう。貴族にとってそれはこの上も ない名誉なことである。 こうして召喚の儀式は継続された。レミリアの言ったように、それからも様々な 妖怪が呼び出される。中には、どう見ても人間にしか見えない者達もいた。 例えばキュルケが呼び出した者は、自らを蓬莱人だと名乗った。それが何を 意味するかは不明だったが、少なくとも彼女は炎を操ることが出来た。呪文も なしに火を生み出す様に精霊魔法なのか、と騒然となったが、当の本人は至って 平然と答えた。 「そこの大きいのだって火を吐くんだろ(*10)? まあそれと同じようなもんさ」 それに精霊魔法は、その地に存在する精霊と契約して発動する魔法。逆に言えば、 契約をしなければ発動できない。召喚されたばかりの彼女に、そんな時間や呪文の 詠唱はあったか。答えは否だ。 それでも、いきなり彼女のような存在が呼び出されていれば、また話は違った だろう。魔法を使わずに特殊なことが出来る者に対する偏見は大きい。だが今回の 召喚の儀式では、妖精に始まり吸血鬼まで、特殊な生き物が数多く呼び出されている。 さすがに人間達も感覚が麻痺してきていた。慣れてきた、とも言える。 その最たる例として、自らを神と称する者が召喚されたが、比較的スムーズに コンタクト・サーバントまで至っていることがあげられるだろう。 「神って言うけど、こっちの世界じゃ精霊みたいなものかね」 背中に縄を結ったような飾りを付けた(*11)女性は、そう言いつつどっかりと 腰を下ろした。 「なにしろ今までいたところには、神様が八百万もいたからね。こっちは神様は 一人なんだろ?」 彼女を召喚した男子生徒は、どう返答したらいいのか分からず、とりあえず頷いた。 この世界の神と言えば始祖ブリミルということになるのだろうか。もちろん、 神聖な存在であり、威厳があって厳かな存在なのだろうと思っている。しかし……。 ちらりと横を見る。そこではやはり神を自称する少女が、召喚主の女生徒に後ろから 抱きつかれて困っていた。 「あーうー、私は神なのだぞー」 「か~わい~」 蛙を模した帽子をかぶった少女は手足をばたばたさせるが、威厳の欠片もない。 どういう経緯でこうなったのかは彼にも分からなかったが、可愛いことは確かだ。 「あははは、土着神の頂点も形無しね、諏訪子」 「そう思っているなら助けてよ、神奈子」 それも親交(*12)よ、と取り合う様子もなく、神奈子はどこからともなく盃を 取り出した。同じく、どこからともなく取り出した瓶から何かを注ぐ。言うまでも なく、酒だ。 「さあ、私たちもやろうじゃないの」 確かにもう辺りは、酒を飲まない方が不自然な状態にまでなっている。 楽器ごと宙に浮いた三人組が音楽を奏でると、翼を持った少女が歌を歌う。 やたら偉そうな妖精が空中にダイアモンドダストを発生させると、別の妖精が 輝きを集めて虹を作る。幻の蝶(*13)や見たこともない赤い葉っぱが辺りを舞い、 どこかに消えていく。ついでにコルベールはしきりに頷きながら、奇妙な帽子を かぶった者から話を聞いている。制止役がこれでは、騒ぎが収まるわけがない。 これは酒でも飲まないとやってられない。彼は神奈子から杯を受け取ると一気に 呷った。奇妙な味だが悪くない。 最初の爆音が響いたのは、ちょうどその位だった。 生徒達はその音に振り返り、ああ、あいつか、と呟いた。ゼロがまた魔法を 失敗した、と。 「ゼロ?」 その声に一人の少女が反応した。紫色のゆったりとした服(*14)に身を包んだ 自称魔女は、視線を自分の召喚主の男子生徒へと向ける。その全てを見通すかの ような視線にたじろぎながらも、彼は問いに答えた。 「あいつは魔法を成功したことがないんだ。だからゼロ」 彼が指さす先で、一人の女生徒が杖を構える。他の生徒に比べ、幾分幼い感じが する少女は真剣な面持ちでサモンサーバントの呪文を唱え杖を振った。が、 二度目の爆音が響いただけで、何も召喚されない。 なるほど、と彼女は頷くと感想を述べる。 「ふーん。零点ね」 「そうさ。零点――」 しかし魔女は召喚主の口をふさぐかのように指を伸ばした。 「零点なのはあなたよ」 「は?」 呆けたような顔を面白くなさげに一瞥すると、魔女は少し大きな声で説明を始めた。 「費やされた魔力のうち、サモンサーバントの分は正しく消費されてるわ。 あの爆発は余剰分が行き先をなくして発生しているだけ」 「まさか。だいたい何でそんなこと――」 わかるんだよ、と続けようとして、ジロリとにらまれる。 「貴族の合間にメイジをやってるあなた方には分からないかもしれないわね。 だけど私は生まれたときから魔法使いなのよ。言葉を話すより先に魔法を 使っているの」 魔法の動きを知るなんて呼吸をするのと同じ事よ、とつまらなそうに言うと、 手に持った本に視線を落とした。この世界は発動体が必須とされるようなので、 常に持ち歩いているこの本が発動体だと言うことにしてある。別に嘘だという わけではない。上級スペルを詠唱する際には、一部の負担を本に蓄えた魔力で 代替わりしているのだ。疲れないために。 しかしこの世界の魔法は彼女の知っているそれとは全く違う。呪文はあくまで キーワードでしか過ぎない。もちろん各自が持っている魔力は消費されているが、 消費分に対して発動される内容が高度なのだ。大体、この程度の魔力消費で空間を 転移するゲートを開けるなど、彼女の常識からすれば冗談の様である。まるで、 合い言葉を唱えると、世界そのものが魔法を発動しているかのようだ。 この魔法はどのような原理で構築されているのか。これからの研究対象を考えると、 彼女は興奮を覚えるのだった。なぜなら彼女の名前はパチュリー・ノーレッジ。 知識こそが彼女の生き甲斐なのだから。 「で、でもさ、じゃあなんで何も召喚されないんだよ」 本に向かって顔を伏せたまま、上目遣いにルイズを見ると、このやり取りが 聞こえたのか当のルイズと目があった。絶対に諦めない、という眼差し。 その視線に知り合いだった人間を思い出す。彼女もよくこんな目をしていた。 普通の人間の魔法使いだったくせに。いや、だからこそ、か。 そんなことを考えていると、再び爆音が轟いた。 「ふん、やっぱり失敗は失敗だよな。あいつはゼロなんだから」 「……零点。おめでとう、これでダブルゼロね。ダブルオーの方がいいかしら」 「なにーっ」 最近流行だったみたい(*15)だし、などとよくわからない解説が追加される。 「なぜ召喚されないのか、ということを考えず失敗と思考停止するのは、 愚か者のやることよ」 「僕が愚か者だって――」 「違うというなら考えてみなさい」 ピシャリと言い切られ、歯がみをして悔しがる。なんで僕は使い魔にこんな 言い込められないといけないんだろう。こんなことなら普通の動物がよかった。 と数分前とはまったく逆のことを彼は考え始めた。そんな様子を歯牙にもかけず パチュリーの考察と解説は続く。 「サモンサーバントで発生するゲートは、強制的に相手を転送させるものではないわ。 対象となったものが触れて初めて効果を現す。逆に考えれば、触れなければ 召喚されないという事よ」 「……じゃあ、触ろうかどうしようか迷ってるっていうのか?」 「そうね。意図的に触れずにいることを選択しているのかもしれないし、 何らかの事情で触れられない状態になっているとも考えられる――」 少し離れたところでそのやり取りを聞いていた狐の妖怪、八雲藍は、口元に 笑みを浮かべ呟いた。紫様も人が悪い、と。 もうほとんどの生徒は召喚を終えている。見回したところ、幻想郷にいた妖怪は 一人を除いて全員召喚されているようだ。その残った一人こそ、八雲藍の主人であり 幻想郷の賢者といわれた八雲紫。少々戯れに過ぎるのが玉に瑕。今回もその戯れだと 思ったのだ。 「紫様を使い魔にするのだ。これくらいの苦労は越えられねばな」 早々に酔いつぶれてしまった自分の新たな主人に膝枕(*16)をしながら、藍は しみじみと呟いた(*17)。 そしてルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの召喚魔法 失敗が二十回を超え、儀式の場はますます盛り上がっていた。 「さあ、次の呪文で召喚できたら、銀貨一枚につき二枚払うよー」 頭から兎の耳が生えた妖怪が、賭け事を始めている。 「人の失敗を賭に使うなーっ!」 ルイズの怒声もなんのその。生徒達や妖怪達が、おもしろ半分に賭け金を出し 始めた。 「あんた達も賭けるんじゃないわよっ!」 手に持った杖を突きつけるルイズだったが、次で召喚すれば問題ないでしょ、 と笑って返され二の句が継げなくなる。どうやらみな、酷く酒に酔っているらしい。 一体どうしてこんなことになったのだろう? もちろん答えは決まっている。 このヨーカイといかいう連中の所為だ。でもその一人がさっき言っていた。 魔法自体は成功している、と。本当のことかどうかは分からない。けれど、 今のところ縋ることの出来る唯一にして最高の言葉だ。だから自分は魔法を 唱え続ける。続けられる。 そんなことを考えながらも呪文を唱え、杖を振った。が、爆発。また失敗だ。 賭けた者からは罵声が、賭けなかった者からは歓声があがる。 「じゃあ次は銀貨一枚で、銀貨三枚ねー」 兎の声に、先ほどより多くの賭け金が集められた。思わず怒鳴ろうとしたが、 よくよく考えれば賭けるということは、召喚の成功が、つまり魔法の成功が 期待されているということだ。酔っぱらい共の戯れだとしても少しだけ気分が良い。 詠唱、そして杖を振り……また爆発。何も現れない。汗が目にしみる。まだまだ 諦めるには早すぎる。 集中、詠唱、杖、爆発。一体何が召喚されるというのだろう。 深呼吸、集中、詠唱、杖、爆発。もう周囲が騒ぐ声も気にならない。 「そう。重要なのは集中することよ」 その様子をじっと見ていたおかっぱ頭の少女が呟いた。背中には二本の刀、 隣には半透明な物体がふわふわと浮いている。半分人間である彼女は、努力して 技術を習得するということを人の半分程度は慣行している。だから、周囲の声にも 拘わらず召喚呪文を唱え続けるルイズという少女を、彼女は内心応援していた。 もっとも、彼女の主人はそうとは思っていないようだが。 「無理だと思うんだけどな」 「何故?」 鋭い視線で見つめられ、腰が引けそうになる。背の武器で斬りつけられたら…… と思うと気が気ではない。コンタクト・サーバントは終わっているので危害を 加えられることはないだろう、とはいうものの、やはり怖い。もちろん、その前に 魔法で何とか出来るとは思うが…… 「ダメよ~、妖夢。ご主人様が怖がっているじゃないの」 「何を言うんですが、幽々子様!」 「あらあら、怖い怖い」 突然横から現れた女性は、広げた扇子で口元を隠すと含み笑いを漏らした。 「妖夢は真面目すぎるのよ」 「性分ですから」 憮然として答える妖夢。その様子はまるで教師に叱られた生徒のようであり、 現役の生徒である彼女の主人は不意に親しみを感じた。 「もっとこう、余裕を持った方がいいと思うのよ」 「幽々子様は余裕がありすぎです!」 「そうねぇ。でも『今の』ご主人様は真面目な人みたいだし、 従者が余裕を持たないとね~」 その言葉に妖夢はハッとさせられた。なるほど、従者とは主人を補う者だ。 幽々子様の下では今までの自分でよかった。しかし新しい者の従者になるという ことは、自分も変わっていかなければならないのではないか。 「……努力します」 「そうそう。変われる、というのは人間の特権ですもの」 再び口元を扇子で覆い、笑い声を漏らす。その言葉は、果たして誰に向けられた ものか。 そんな周囲の会話ももはや聞こえる様子もなく、ルイズの召喚失敗は回を重ねる。 兎の賭の倍率が十倍にもなり、辺りが夕日に包まれてもまだ召喚は成功しなかった。 肩で息をする。喉も渇いた。魔力が尽きかけていることが、自分でも分かった。 これで最後にする。そう気合いを入れ、呪文を唱えた。そしてイメージする。 自分が最高の使い魔を使役している姿を。 「!」 杖を振ると共に起きる爆発。だがその中に、人影が見えた。 「おや……?」 その姿に真っ先に反応したのは藍。なぜならその容姿が彼女の想像と違って いたからだ。片手には日傘。これはよい。髪の色は金色。これも想像通り。 だが頭には黒いとんがり帽子を被り、黒い服の上に、白いエプロン。ドロワーズも 露わについた尻餅の下敷きになった箒。これではまるで、知り合いの魔法使いの ようではないか。その人間の名前は―― 「魔理沙っ!」 何人もの妖怪が叫んだ。疑惑に満ちた声で。単純に驚きで。喜びをにじませて。 嫌そうな声色で。溜め息と共に。 静寂の中、呼ばれた本人はゆっくりと立ち上がるとスカートに付いた土埃を払う。 そして不貞不貞しく笑みを浮かべると、口調だけは残念そうに第一声を放った。 「くっそー、ついに捕まっちまったか」 「ついに……ってどういうことよ」 その魔理沙の正面に立つ少女、ルイズ。杖を構え、肩で息をする様を一瞥し、 魔理沙は納得するように二度三度と頷いた。 「ん、ああ、あんたが私を召喚したのか。よろしくな。勝負に負けたんだ。 潔く使い魔になってやるぜ」 「ししし勝負ってなんのこここことかしら?」 あくまで冷静な魔理沙に対し、ルイズは興奮のあまり口が回っていない。 「根比べさ、召喚の。あんたが私を捕まえるのが先か、魔力が切れるのが先か。 寿命まで無料奉仕してやろうってんだ。これぐらいは試させてもらわないとな」 「じじじ寿命ですって?」 「ああ、私はこいつらと違って、普通の人間だからな」 周囲に座った妖怪を指さしながらの言葉。普通の、人間。その意味をルイズが 理解できるより先に、周囲が反応した。 「普通の人間って事は平民か?」 「なんだ、これだけ大騒ぎして結局普通の平民かよ」 「これって失敗だよな!」 「やっぱりゼロのルイズね」 いつも通り巻き起こる嘲笑。肩を落とすルイズ。よりにもよってただの平民とは。 また失敗なのか。しかしそれを認めるわけにはいかない。例えそれが強がりと 見られようとも。ルイズは顔を上げ、言い返そうとした。いつものように。 しかしルイズより先に、目前に立った少女が大声を上げた。 「ああ、そうだ! 私は霧雨魔理沙! 普通の人間だ!」 ルイズに背を向け、ルイズを守るように、霧雨魔理沙は立っている。 「だがなっ!」 だからルイズだけは気がついた。他の人間から隠すよう背に回した右手に、 光が集まっていることに。 「普通の人間の……魔法使いだぜ!」 そういうなり、右手の光――魔力塊を真上に向かって打ち出した。 一瞬の静寂。そして閃光。 まるで花火のように、光り輝く星屑が夜空に広がる。きらきらと輝くそれは 幾何学的な模様を徐々に変えながら、ゆっくりと広がっていく。 「わぁ……」 其処此処から感嘆の声があがる。四つの系統のどれにも属さない魔法。しかし 誰もそのことを言い出さない。 それほどに美しかったのだ。 そして何が起こるかうすうす感づいている妖怪連中は、にやにやと笑っていた。 人に馬鹿にされてただで済ますほど、霧雨魔理沙という人間は温厚ではないのだ。 「おっと、ちょっと魔力を調整しそこなったぜ」 わざとらしい声とともに、上空に広がった七色の星屑が一斉に地面目がけて 落ちてきた。(*18) そりゃあもう、唐突に。 「うぉあっあたる、あたる!」 「馬鹿っこっちくるな!」 「いやーっ」 「ブリミル様、お救いをーっ」 右往左往した挙げ句、互いにぶつかって倒れてみたり。地面に伏して祈ってみたり。 そんな様子を、魔理沙の召喚主であるルイズは唖然として眺めていた。 普通の人間? 魔法使い? 先住魔法? 星屑? 自分は一体、何を呼び出したんだろう? 「あー、別に危険じゃないぜ。ちゃんと消えるし」 その声にルイズが顔を横に向ける。いつの間にかルイズの横に並んだ魔理沙は、 困惑したという口調で嘯いてみせた。 事実、それは地面に一つも届いていない。流星の様に落ちてきた星屑は、最初から 幻であったかのように、中空で溶け込み消えていく。その様子もまた幻想的で、 混乱していた生徒達は徐々に呆けたように空を見上げていった。 一方妖怪達は、いつもの宴会芸に大喝采である。やはり酒の席にはこの花火が ないと始まらないとばかりに再び音楽が始まり、静寂が一転、喧噪に包まれる。 「さて、と」 そんな様子に満足したのか魔理沙は、ルイズを見るとウインクして見せた。 「契約をしなきゃなんないんだろ?」 言われて思い出す。そういえばまだコンタクトサーバントを行っていない。 「さっさとやろうぜ。せっかく注目を外したんだしな」 「注目を……?」 おうむ返しの質問。頭が混乱して、考えがまとまらない。 「いくら女の子同士でも、人の注目浴びながらキスをするのはちょっとな」 ファーストキスだからな。と帽子を目深に被りなおしながらつぶやく。 その頬が夕日の下でもそれと分かるほど赤く染まっていることに、ルイズは 気がついた。普通の人間で、魔法使いで、先住みたいな魔法を使って、でも、 中身はルイズと同じ少女なのだ。 そのことに気がついたルイズは、ようやくいつもの調子を取り戻した。 「感謝しなさい。わたしみたいな貴族の使い魔になれるなんて、名誉なことなんだからね」 胸を張り宣言する。その様子に魔理沙は、ニヤリと笑い言葉を返す。 「さすが私のご主人様だ。そうこなくっちゃな」 こうして、魔法が使えない貴族、ルイズと、魔法が使える普通の人間、魔理沙は コンタクト・サーバントを行ない、主従となったのであった。 そして二時間後。月明かりの中、ルイズは目を回して倒れていた。別にルイズに 限ったことではない。多くの生徒はルイズ同様、召喚の儀式が行われた草原に制服の まま倒れ伏している。 全ての原因は魔理沙だ。コンタクト・サーバントが終わるとルイズの手を引いて、 妖怪達の宴会に飛び込む。ここまではいい。自分が酒を飲み、ルイズにも酒を飲ます。 これもある意味当然の流れだ。だけど言ってしまったのだ。「さすが私のご主人様だ、 いい飲みっぷりだぜ」と、他の生徒を挑発するように。その結果がこれだ。 「みんななさけないわね」 余裕を装うキュルケも、目が虚ろ。手に持ったグラスは今にも滑り落ちそうだ。 ルイズより先に酔いつぶれるわけにはいけない、と半ば意地で意識を保っていた ものの、そろそろ限界らしい。自慢しようにも当のルイズはさっさと潰れている。 その使い魔は、狐っぽいのと日傘を挟んで深刻そうな話をしている。さあどうしよう。 その揺れる視線が親友の姿を捉えた。青い髪を持った小柄な少女、タバサ。 いつものように本を開いてはいるが、遠い目をして何か呪文のように呟いている。 ずりずりと膝立ちで近づいたキュルケのことも、目に入っていない。 「…………」 「なに一人でぶつぶつ言ってるのよ」 「亡霊だから幽霊じゃない…… 騒霊だから幽霊じゃない…… 半人半霊だから幽霊じゃない…… 亡霊だから――」(*19) 「ねえ、タバサ~」 反応のないタバサに業を煮やし、何気なく肩に手を掛ける。が、ビクン、 と一瞬背筋が伸び、こてんと倒れてしまった。 倒れてしまった親友を一人寝かしておく訳にはいかないわよね、とようやく 理由が出来たキュルケは、タバサを抱きしめるように横になり、自分の意識を 手放すことが出来たのだった。 一方タバサの使い魔となった風竜――もちろん実際には風韻竜なのだが―― のシルフィードは、そんな主人の事も気づかずに、他の使い魔達との会話に 夢中だった。他の使い魔とはいっても、妖怪が主である。それも特に、幼い雰囲気の 連中だ。 「きゅいきゅい!」 「へえ、一人で二百年も」 「きゅいきゅい」 「へーそーなのかー」 「きゅいきゅいきゅい」 「うんうん、その気持ち、よく分かるよ……あ、八目鰻、食べる?」 「きゅい!」 「えへへ~おだてても何もでないわよ~」 「みすちー、私のはー?」 「もうとっくに食べちゃったでしょ?」 「きゅい……」 「あー、いいのいいの、こいつが食いしん坊なだけだから」 「ひどいよー、そんな嘘、言いふらさないでー」 「そうそう、食いしん坊と言ったらやっぱり、アレよね」(*20) 「きゅい?」 まだまだ話は尽きそうもなかった。 脳天気な話をしている連中もいれば、ただ杯を傾けている連中もいる。 蓬莱山輝夜と八意永琳、そして鈴仙・優曇華院・イナバは、言葉少なに月を 見上げていた。 「イナバが二つに見せてるんじゃないの?」 波長を操作できる鈴仙なら、光を操作して一つのものを二つに見せることなど 雑作もない。 「姫様が一つ増やしているんじゃないですか?」 先日の夜が終わらない騒ぎの元凶は、輝夜が作り出した偽物の月である。 二人そろって盃を干すと、大きな溜め息をついた。そんな二人を照らす月も、二つ。 「確かに世界が違えば、月が二つあってもおかしくはないのでしょうけどね」 永琳も、遅れて溜め息をついた。 「本当にあなたたちって、違う世界から来たのね」 永琳の主人が口を挟む。言葉の意味に気がついたから。 「それにしては驚いてないのね」 「もう驚き疲れちゃったわよ」 大体なんで貴族である私が、夜の野外に酒盛りなんてしないといけないのかしら、 それも地面に座り込んで、などとブツクサ呟きつつ、盃を傾けた。そしてちらりと 斜め向こうを見る。そこでは彼女と付き合っているキザっぽい少年が、自分の呼び 出した使い魔に何かを囁いていた。あんな光景を見せられたら、酔うに酔えない。 うふふ、という笑い声にキッと使い魔を睨むが、永琳は嬉しそうに笑うばかりだ。 「若いっていいわね」 しばらく睨んだ末の言葉がこれだ。色々とやるせなくなって、永琳の主人である モンモランシーは一息に盃を干したのだった。 一方、そのキザっぽい少年の使い魔となったアリス・マーガトロイドは、安堵の 溜め息をついていた。やっと酔い潰せた、と。 基本的には悪い人間ではないと思う。選民思想が少々気になるが、まあ特権階級の 子息ならこんなものだろう。服装のセンスが悪いのも、多分なんとかできる。 だが、語彙の乏しさはなんとかならないものか。延々と同じ口説き文句を 聞かされると、最初いい気分だっただけ落差が酷い。 「?」 そうして落ち着いてみると、なにやら視線を感じる。月の姫達と共にいる少女が なにやらこっちを見ているようだ。アリス自身がそちらを向くと見ていないフリを するが、周囲の状況は腕にさりげなく抱えた上海人形により、常に把握している。 人形の目は彼女の目なのだから。もっとも、状況自体はわかっても、それが何を 意味するものなのかを推測するには、アリスには経験が足りなすぎた(*21)。 特に男女間の人間関係における心情については。こうして今しばらくの間、アリスは 据わりの悪い思いをするのだった。 一方、そんな状況を早速手帳に書き留めている者もいる。 「『三角関係勃発か?』 ……うーん、 『主人と使い魔の恋は成り立つのか?』 の方がいいですかねえ」 「アヤ、今度は何を書いてるの?」 問うたのは彼女の主人。ポッチャリとした体型の彼は、先ほどまで使い魔の 射命丸文から質問責めにあっていたのだ。律儀に使い魔からの質問に答えて いたのは、時に鋭くなる言葉の槍が、妙に心地よかったから。 「ふふふ、秘密ですよ」 そんな文の不敵な笑みもまた、彼の心を撫で上げるようである。これって もしかして恋なのかな?(*22) などと考えるマリコルヌ少年が、自身の性癖に 気がつくのはもう少し先のことである。 一方、文はそんな主人の様子よりも、目の前で起きている出来事の方が重要だった。 そこでは唯一使い魔となった人間、霧雨魔理沙と、主人達の教師であるコルベールが 興味深い話をしていたのだ。先程の藍と魔理沙の会話も興味深いものだったが、 こちらの話もまたそれに劣らず面白そうだ。 「ほう、変わったルーンだ」 「ふーん、そうなのか?」 コルベールに言われ自分の額を撫でる魔理沙。コンタクト・サーバントにより浮かび 上がる使い魔のルーンが、魔理沙は額にあった(*23)。月明かりの下、手元の本を 広げるコルベール。誰からもらったのかそれは、幻想郷縁起(*24)であった。苦労して 魔理沙のページを探すと、そこにルーンの形状を書き込んでいく。 「しょうがないなぁ」 そんな魔理沙の言葉と共に、辺りが明るくなる。見上げれば、本の上に明かりが ともっていた。星も集まれば、月よりも明るい。その輝きをしばし見つめた コルベールは頭を振ると、魔理沙に問いかけた。 「それは一体どういうものなんだね?」 「星の魔法だぜ」 さも当然だと言わんばかりの返答に、コルベールは再度頭を振った。 この世界で人間が使う魔法と言えば、四つの属性に分類されるものだ。例外として コモンマジックと、伝説と言われる虚無。しかしこの魔法は、そのいずれにも該当 しないものだ。いや、少なくともコモンマジックと属性魔法には該当しない。では虚無 魔法か? いや、あれは遠い伝説のものだし、そもそもこの人間は、杖を使ってすら いない。では先住魔法か? いや、彼女は人間だ。それは間違いない。マジック アイテムを所持しているものの、自身は普通の人間であることは、ディテクトマジックで 確認済みだ。ならばそのマジックアイテムの力なのだろうか? コルベールは使い魔の印を書き写す作業に戻りながら、考えを巡らす。それを 知ってか知らずか、さらにコルベールを混乱させる事を口にする。 「他には、恋の魔法とかもあるぜ」 「は?」 「ま、星も恋も、遠くにあって憧れるものさ」 何かの聞き間違いかと思った。今、恋、と言ったのだろうか? どこか遠い目をしてのその言葉に、コルベールは聞き返せなかった。いずれ詳しい 話を聞く機会もあるだろう。彼は三度頭を振ると、本を閉じた。 「ん、終わりか?」 「うむ、これは後日、調べることにしよう。 それより一つ、聞いておいて欲しいことがある」 「あー?」 聞き返す魔理沙は十分に酔っているように見える。これから話すことを覚えて いてくれるかも怪しい。それでもコルベールには伝えておきたいことがあった。 「他でもない、君の主人となる者のことだよ」 当のルイズは、魔理沙の脇で横になり、寝息を立てている。その寝顔がどことなく 微笑んでいるように見えるのは、うがちすぎであろうか。 「もう知っているかもしれないが、彼女――ミス・ヴァリエールは、 魔法が使えないのだ」 「でも、私を呼び出したぜ?」 「ああ。だが明日以降も魔法が使えるかどうかはわからない。 今回が特別なのじゃないかとも思う」 もちろん、そうでないことを願うがね、という言葉とは裏腹に、コルベールの顔は暗い。 「ははん。だから面倒を見ろって?」 「そういうわけではないが……覚悟して欲しい、ということだ」 「ふん、覚悟か。 そんなのは、この世界に来ることを決めた時に、とっくに終わってるぜ」 魔理沙は手に持った茶碗に残った酒を一気に空けた。 「なにしろ私は、普通の人間の魔法使いだからな」 そういうと、おーい、酒が切れたぞー、と傍らの集団に声をかけた。コルベールが 何か言うより早く、新たな酒が魔理沙の茶碗に注がれる。ついでにコルベールの 手にも、コップが持たされた。 「お、おい、私が飲むわけには――」 「まぁまぁ、そういいなさんな。これからも長い付き合いになるんだしさ」 傍らに巨大な鎌を置いた女性が気軽に肩を叩き、コップに酒を注ぐ。その容姿に、 コルベールの相好も思わず崩れる。彼とて木石ではない。女性に酌をされれば それなりに嬉しい。(*25) 「昨日までの日々に別れを。明日から世界に祝福を」 生真面目な雰囲気の女性が盃を掲げると、まだ意識のあるものは自らの酒杯を 掲げた。数瞬の静寂。ある者は離れてきた家を想い、ある者は残してきた者達を想い、 ある者はそこにあった自然を想い……みな幻想郷のことを想い、そして別れを告げた。 こうして今までの昨日は終わり、全く新しい明日が始まったのである。 人間にとっても、妖怪にとっても。 *1 タイトルは、同人弾幕ゲーム「東方風神録」のBGM名より借用 *2 こうやって人間をだまして悪戯する *3 空を飛ぶのと弾幕を撃つのは、幻想郷では標準技能。 *4 大きいの談「きゅいきゅい、きゅいきゅいきゅい!」(訳:そんなことないわ! 普通の風竜と一緒にしないで欲しいのね!) *5 絶対に気がついてる。 *6 酒を飲むありがちな口実。 *7 多分カリスマ度。 *8 多分幼女度。 *9 レミリアの能力は、運命を操る程度の能力。 *10 大きいの談「きゅいきゅい、きゅいきゅいきゅい!」(訳:そんなことないわ! 野蛮な火竜と一緒にしないで欲しいのね!) *11 正装。 *12 親交=信仰。って神主が言ってた。 *13 見ているだけなら安全。 *14 実は寝間着らしい。 *15 早くも幻想郷入りしていた? *16 尻尾枕だったかもしれない。 *17 とてもこき使われたらしい。回転しながら特攻とか。 *18 この弾幕はフランからのパクリなのか? *19 現実逃避。あるいは自己暗示。もちろん、全部幽霊。 *20 ご想像にお任せします。 *21 魔法ヲタクかつ人形ヲタク。 *22 恋ではなく変です。 *23 ミョ(略)ンなルーン。 *24 妖怪にとってはイラスト付きの自己紹介本。自己アピールあり。だから信頼性は不明。 *25 それに体型的にも嬉しい。 前ページ次ページ東方のキャラたちがルイズたちに召喚されました
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前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~ 逃亡成功 さて、九死に一生を得て沸き返るニューカッスル城。 正直言ってこれからの戦いは王子たちにとって辛く、長いものになるだろう。 アンリエッタ姫はゲルマニア皇帝と結婚してしまうだろうから、あのニューカッスルで死んでたほうが辛いものを見ることもなかったかもしれない。 王子は気丈にもそんな苦悩を見せず、アルビオン奪還の折には、必ず私たちに礼をすると約束してくださった。 勲章とシュバリエをくれるそうだ。アルビオン貴族になるなら子爵位くらい用意するそうだ。太っ腹だ。 グランパが使い魔でももらえる勲章を作るように頼んでいた。グランパとモグラ分だ。了承する王子。 そっか、そういやアンタ私の使い魔だったのよね。玉に忘れがちになる。BALLSなだ(ry シエスタはしばらくここでニューカッスル城の操縦しつつ、操縦も教えるらしい。 今のニューカッスル城はタキガワ一族以外には操縦できそうもない作りをしているので、 ある程度自動化して最低でも落ちない仕組みにしないといけないらしい。 城なんて航空力学も重量バランスも取れてないですからね、とのこと。 しばらく操縦していればデータがたまってBALLSも学習し、オートマティック化の足がかりが出来てくるだろう。 そういいながらも手や足でレバーやペダルをがっちゃがっちゃ微調整するメイド。 スイッチを切り替えながら頻繁にエンジンやパイプの不具合を報告している。安定しないようだ。 給料は奮発して普通のメイドの10倍出してもらえるらしい。下級貴族の2倍だ。専門職は強いな。 高給にビビッて手足が止まるメイド。たちまち大きく揺れて傾くニューカッスル。 エンジン圧力上昇の報告が飛び、慌ててレバーを回しスイッチを連射するシエスタ。 自動化が必要で、安定しない作りと言うのはマジなようだ。 数年後、資本主義が崩壊することを、私たちはまだ知らなかった。 ポ~~ン シエスタがニューカッスル城に出張しました。 BALLSに頼んで、たとえ残飯であってもご飯にしてくれる調理機械を設置してあげた。 廃棄食材を放り込むことによってでてくる死神定食。 腐ったようなにおいと味の死神定食。 食料の補給を怠ると、餓死を防ぐためにこれを食べることになるので、補給がんばってくださいね。と激励した。 私たちは補給を怠ったので、これを食べつつアルビオンに来ました、と言った。 ボッピキで盛り下がった。 さて、そろそろおいとましよう。 ヴァリエール1号はニューカッスル城から離れていく。 貴族たちが大勢集まり、一斉に敬礼しながら見送ってくれた。 ちょっと胸が熱くなる。答礼。 そうか、ゼロの私でも誰かのためになれたのだ……………。 帰り道、食料を補給することを怠って死神定食が出てきた。 凱旋帰還 町から見えない場所にヴァリエール1号を置くと、私たちは城へ向かった。 任務は無事完了した。 手紙は取り返し、ウェールズ王子も無事落ち延びることに成功した。 姫様は王子が亡命しなかったことに不満そうだが、今は埋伏してアルビオン奪還を狙っていると聞くと少しだけ微笑った。悲しい笑いだった。 褒美として水のルビーを賜った。なんだか気力に満ちてきたような気がする。 次に、トリステインの状況はというと、ラ・ロシェーヌの港の大木は倒れずにすんだそうだ。 なんでも速攻で駆けつけたワルド様が遍在を使って複数個所の固定や保持を指揮するという獅子奮迅の働きをしたという。 近隣にいる傭兵たちを自費で雇って、人足がわりにこき使うことまでされたそうだ。 そして、ニューカッスル城浮上の報告を聞き、ぐったりがっくりしながら王城へ帰ってきたそうだ。 大活躍ではないか、さすがはワルド様。 ところで、それだけの貴族っぷりなのに、どうしてワルド様は部屋の隅で小さくなっているんだろう? 姫様の視線もワルド様にはかなり冷たい。何したんだろう? 学園から少しはなれたところにヴァリエール1号を着陸させ、ギーシュだけ先に帰らせた。 一緒に帰ると何かと勘ぐられることになるだろうから。 後、念入りに今回の件を口止めをしておいた。うかつに口を滑らせると同盟破棄につながりかねないからね。 さて、邪魔者が去ったところでアレをするとしますか。 着替えを用意して、お湯を入れて、服を脱ぎ捨てる。 私は甲板の露天風呂に入って疲れを癒した。 道中はとてもじゃないが、風呂に入れる状況ではなかった。行きは飛んでて寒いし、城では常に人の目があった。 このヴァリエール1号は不具合の修正と破損箇所の修理を兼ねて改装されるらしい。 アルビオンでの脱出行で散々見られているので、普通の軍艦に見えるように外見だけをいじるらしい。 そうなると、この甲板風呂も使えなくなる。つまりはそういうことだ。 名前もヴァリエール壱号に変わるそうだ。 トリステイン人にはあまり変わったようには聞こえない。 くつろぎついでにグランパになんでここまでしてくれるのか聞いてみた。 私も馬鹿じゃない。グランパが、BALLSたちがここまでして尽くしてくれる理由を知りたかった。 それが我々の生まれた理由だから。全ての知類を愛している。 我々が何をしたいのかはキミが理解ってくれるまで待つとのこと。 やたらと難しい言葉を使っていて私には何のことやらわからなかった。 コイツゴーレムなのにすごい詩人だ。 ただ、グランパが人を愛してくれていることはわかった。 私のことはどう思う?とは恥ずかしくて聞けなかった。 一っ風呂浴びて学園に帰ってくると、なぜかモンモランシーの視線と態度が痛かった。 ギーシュと1週間ほど二人旅していたことで仲を疑われているらしい。風呂上りみたいな感じなのと、ギーシュと別々に帰ってきたことも怪しいと疑われた。 しまった、キュルケやタバサぐらい連れて行くべきだったか? それにしてもあんたたち別れたんじゃなかったの? そのキュルケとタバサは、レズと見まがうぐらい仲良しこよしになっていたし、なぜかコルベール先生が靴下に愛を囁いていた。 私たちがいない間に何があったのだろう? BALLSが私たちがいない間の記録を見ますか?と聞いてきたのだが、 『トリステインレズビアン地獄~微熱と雪風の媚薬~』 『同時上映 ソックスハンター異世界伝~ハルケギニア炎蛇の変~』 『同時上映 マチルダちゃんラ・ロシェーヌほうちプレイ』 という題名からして私のSAN値を減らしそうな気がしたので丁重にお断りした。 次の日 料理長のマルトーさんにシエスタは専門技術を請われて、ちょっと私の領地に出張していると説明しておいた。 マルトーさんは、友達が死ぬのがこんなに嬉しかったことはない、と言って泣かれた。ヤバイ、何故かバレテル。コイツも詩人だ。熱血漢だ。 キュルケの夜這い組みの男たちが敗北と感動の涙を流しながら退却していくのは、ちょっと近所迷惑だ。 モンモランシーが目の下にクマを作りながら薬品臭くなっていく。いったいどうしたんだろう? コルベール先生も靴下臭くなっていく。こっち見んな。靴下見んな。 ……………どうすればいいんだろう? 次の日 キュルケとタバサが百合っぽくなくなっていた。倦怠期だろうか? そしてモンモランシーが二人に平謝りしていた。三角関係だったのだろうか? ギーシュが私たちの留守中の記録ディスクをうっかり落として、3人からボコボコにされていた。やっぱりギーシュはギーシュだ。 洗濯して干してた靴下が無くなっていた。 部屋の隅においていたアタッシュケースもいつの間にか無くなっていた。 コルベール先生にシエスタの行方を頻繁に聞かれた。私は口を濁した。ニューカッスルのことは秘密だ。 すると、シエスタの靴下と竜の血の交換を持ちかけられた。いえ、靴下なんて持ってませんよ。先生はがっかりして去っていった。 その後、グランパがパリーの靴下と竜の血を交換しているのを見かけてしまった。 ……………本当にどうすればいいんだろう? 次の日 あ~~気持ちいい。 何もする気が起こらない~~~ ~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~ はっ コレはヤバイ。マジでヤバイ。ヤバすぎたので投げ捨てる。 何もしたくない気がおきる機械はいらんわ。 努力することを忘れたルイズはゼロ以下だ。マイナスだ。 そんなわけでグランパにはこの耳かきをしてくれるBALLSをレコン・キスタにはやらせるように命令した。 結婚前夜 姫様はゲルマニア皇帝と結婚なさるそうだ。 あまりめでたくない。だが、同盟のため仕方がない。 本当に同盟が必要なのだろうか?という気がしないでもない。BALLSの物量と技術は強い。 私は結婚式の巫女として、始祖の祈祷書と詔を読み上げないといけないらしい。詩心の無い私には正直向いてない。 グランパが4属性の感謝に対する例文をざっと40枚ぐらい印刷してくれた。 あと、タバサが何故か協力して、いい文を厳選してくれた。何か狙っているらしい。 これらを組み合わせとけば良いだろう。 それにしてもこの『いちたろう』というのはスゴイ。文章の訂正や添削が非常に楽だ。 前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~
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コルベールが中庭で戦っている頃、食堂でも戦いが繰り広げられていた。 不覚にも銃士達は、斬りつけても怯まない、突き刺しても死なない、得体の知れぬメイジを相手にして、混乱の一歩手前だった。 ゾンビを相手したことなど、あるはずが無いのだ、仕方がないのかもしれない。 既に二人の銃士が、ゾンビメイジの捨て身の攻撃で銃士がやられ、床に倒れている。 腹や手足に受けた傷からは、血が流れ続けている…このままでは死んでしまう。 「おああああッ!」 アニエスは、渾身の力を込めて、ゾンビメイジの腕を切り払った。 が、相手も手練らしく、『ブレイド』の魔法を纏った杖でいなされてしまう。 手強い…!アニエスがそう思った瞬間、頭上から六人がけのテーブルが落下してきた。オスマンが投げ落としたのだ。 メイジは咄嗟にそれを避けたが、床が濡れていたために足を滑らせ、一瞬の隙が出来た。 「うおおおあああっ!!」 アニエスは渾身の力を込めて切り払い、メイジの杖をはじき飛ばした、そのまま腰溜めに剣を構え、心臓目がけて突き立てる。 「くっ!」 ドコッ!と鈍い音を立てて、メイジの体を剣が貫く。剣は胸板を貫き骨ごと心臓を貫いた、しかし、剣が抜けない。 そこにもう一人のメイジが、アニエスに向けてマジックアローを放った。 アニエスは剣を捨て、後ろに転がってマジックアローをかわしていく、一発目、二発目、三発目……このままでは回避しきれない。 タバサにもそれを防ぐ手段は無かった、もう一人のメイジは、タバサの魔法で全身を貫かれ、首を半分まで切り裂いたというのに、傷口が瞬く間に塞がってしまう。 この場にキュルケが居てくれれば…! タバサはそう考えて、すぐにそれを否定した。 今まで、ずっと困難な任務を受け続けてたタバサは、他人に頼ることを良しとしない。 巻き添えを作らないために、迷惑をかけないために、タバサは一人で戦い続けてきた。 けが人であるキュルケの復帰を期待するなど、あってはならないことだ…そう思い直して奥歯を強く噛みしめた。 「ラグー・ウォータル…!」 タバサは、氷の壁でメイジの動きを封じるべく、詠唱を開始する。 しかし途中で、空気が異常に乾いていることに気が付く。 原因は、氷の矢の使いすぎだった、空気中の水蒸気を使いすぎてしまったのだ、床に零れた水や氷では、すぐに魔法に利用することはできない。 このままでは相手の動きを封じるどころか、必殺の『ウインディ・アイシクル』も使えない。 六回目! アニエスがテーブルを盾にして、六発目の『マジック・アロー』をやり過ごした頃、胸から剣を生やしたメイジが、落ちた杖を手にしていた。 メイジがアニエスに杖を向け、詠唱を開始する…アニエスは鳥肌を立てた、回避しきれない。 「あ」 奇妙な光景だ…アニエスは頭のどこかでそう考えていた。 メイジの放ったマジック・アローが、ヤケに緩慢な動きで自分へと飛んでくるのだ。 マジック・アローだけでなく、自分の体さえもゆっくりと動いている。 避け、られない。 ジュバッ!と音を立てて、マジック・アローが炎に包まれる。 炎の弾が、アニエスに届くはずだったマジック・アローを消滅させたのだ。 矢次に飛ばされる火の玉は、杖を構えていたメイジの腕に当たり腕を焼き尽くす、すると腕がぼろりと崩れ落ち、剣状の杖が床に落ちた。 「グア…」 見ると、キュルケが杖を構えて、食堂の入り口に立っていた。 キュルケはタバサと相対していたメイジにも炎の弾を飛ばし、タバサを後ろに下がらせる。 「遅れてご免なさい」 そう言って、キュルケがタバサの肩に手を乗せる。 「怪我は」とタバサが聞くと、キュルケはウインクをして答えた。 「私は平気よ、シエスタとモンモランシーが怪我人を治して、すぐにこっちに来るわ。…さっきは情けないところを見せたけど、この”微熱”だって負けていられないのよ」 キュルケはタバサの前に出ると、メイジに向けて杖を向ける。 燃えさかる炎の中で、そのメイジは、にやりと笑みを見せた。 「来なさい、化け物」 ◆◆◆◆◆◆ 「んんぅーっ!」 連れ去られた生徒が、傭兵メイジの腕の中でもがく、口には即席の猿ぐつわを噛まされていて声が出せない。 「くそガキ!じたばたするな!この高さから落ちたい訳じゃあないだろう」 生徒は、自分を抱えているメイジにそう忠告され、下を見た。 メンヌヴィルに先に脱出しろと指示された二人のメイジは、『フライ』を詠唱して空を飛んでいる、下は草原だが30メイル以上の高さがあった。 生徒は息をのみ、黙った。 「ジョヴァンニ、船はまだ見えないのか」 生徒を抱えていたメイジ…ギースがそう呟くと、ジョヴァンニと呼ばれた男は、林の奥を指さした。 「見えたぞギース、あれだ」 林の奥には、黒塗りのフリゲート艦が碇を降ろし、超低空で停泊していた。 ハルケギニアでは、フリゲートという呼称は小型高速の軍艦に用いられるのだが、この船は余計な装備を廃した特別製のもので、軍艦としては格別に小さい。 『ライン』以上のメイジであれば十分に浮かせることが出来る…という訳で、もっぱら特殊条件下での人員高速輸送に使われていた。 本塔を占拠した時、傭兵メイジが出した合図は、フリゲート艦を魔法学院に近い林の中へ下ろす合図だった。 十人ほど人質を取り、船で逃げる手はずだったが、手痛い反撃に遭い生徒を一人抱えるのがやっとだった。 しかし、今回の仕事は『誘拐』ではないので、人質をいつまでも連れて逃げるわけではない、彼らの目的は別にあったのだ。 二人は船に乗り込むと、中で待機しているはずのメイジを探した。 この船で帰還することはできない、せいぜい目立つところを飛んで貰って、トリステインの哨戒の目を引きつけて貰うしかない…。 「おい!船を出せ!仕事は果たしたぞ!注文通り『トリステインの逆鱗に触れてやった』ぞ!」 ジョヴァンニが叫びながら、船室の扉を開けていく、だがメイジの姿は見えない。 貨物室に入って中を見渡す…しかし、誰も居ない。 「おい!何処へ行った!…くそ、なんてこった、あの気味の悪いヤロウ、逃げやがったか」 そう悪態を付くと、ギースが人質を抱えて中に入ってくる。 抱えていた人質を貨物室へ放り込むと、その足に杖を向け短くルーンを唱える、鉄の足かせを『練金』したのだ。 「よし…恨むなよ嬢ちゃん」 「んむーーっ!」 生徒は、身をよじらせて何とか動こうとするが、足かせが重くて自由に動けない、その上腕までも封じられていては、為す術が無かった。 「おい、どうするんだ」 事を見守っていたもうジョヴァンニが、焦りを隠さずに聞く。 「予備に風石があったはずだ、そいつで船を浮かせる。どうせ二時間しか浮けないだろうが十分だ、風任せで動けば囮にはなる」 「このガキはどうする」 「風石が尽きれば、船ごと落ちて死ぬだろうが、万が一救出されたら厄介だ…そうだ、船室を燃やしておけばいい、二時間ばかりこの船が囮にないいんだからな」 「よし、それでいこう」ジョヴァンニが頷いた。 ギースは、貨物室から外に出ると、後部甲板下の船室に入った。 ランプを二つ手に取ると、床に投げ捨てる。 二つのランプはガラス片と油を飛び散らせて散らばった。 杖を振り、油に『着火』すると、燃焼時間を調節するため扉を閉じる。 すぐさま甲板に戻り、ジョヴァンニの姿を探す…甲板には居ない。 碇を上げる余裕はない。碇の根本にあるフックを魔法で外すと、ジャラジャラジャラと鎖が落ちる音が聞こえ、がくんと船が揺れた。 船は静かに上昇を始める…… 「ジョヴァンニ!行くぞ!」 船が浮き始めれば、あとは逃げるだけだ。ギースは姿の見えぬ よく見ると、人質を閉じこめた船室が開いていた。 「あいつめ…また悪い癖か」 ジョヴァンニという男は、メンヌヴィル率いる傭兵団の中でも古株だが、悪い癖を持っている。 メンヌヴィルが人間の…いや、生き物の焼ける臭いが好きでたまらないように、ジョヴァンニは女を陵辱したくてたまらぬといった口だ。 一刻も早く逃げなければならないのに、こんな時まで悪い癖が出たのか…そう考えてギースは声を荒げた。 「おい!ジョヴァンニ、早くしろ」 船室の中では、ジョヴァンニが人質の上着を引きちぎっていた。生徒は胸を露出させ、恐怖のあまり震えている。 「まあ待てよ、男を知らないうちに死ぬなんて可哀想じゃないか」 そう言って下卑た笑みを見せる、が、そんなことをしている余裕は無い。 「時間はない。先に行くぞ」 「…ちっ。まあいいさ。餞別に膜だけは破ってやるよ」 ジョヴァンニは、太さ2サント長さ30サントほどの、鉄で出来た杖を持っている。 それを生徒の眼前にちらつかせ、パジャマのズボンに手を伸ばした。 「んむっ!んむううー!」 自由を奪われた体でありながら、必死で逃げようとする生徒。 それを見てジョヴァンニは舌なめずりをした。 「反吐が出るわ」 と、突然、どこからか女の声が聞こえた。 ジョヴァンニは咄嗟に、誰だ!と叫んだが、その声は床がぶち破れる音でかき消された。 床を破ったのは、銀色に輝く二本の剣であった、それは一瞬で円を描き、床に穴を開けた。 と次の瞬間には糸のようにバラけ、ジョヴァンニの足を掴む。 「うわ、うわああ!」ギースが叫んだ。 奈落の底、と表現すべきだろうか。直径わずか20サントの穴に、ジョヴァンニの体が引きずり込まれていく。 ベキベキベキと不快な音を立てて…それは床板の音か骨の音か、どう考えても後者しか思いつかなかった。 ほんの数秒で、ジョヴァンニの体は消えてしまった。 当たりに飛び散る血飛沫を残して。 「………」 人質となっていた生徒は、その異常な光景に驚く暇もなかった、何が起こったのかを理解することが出来ず気絶したのだ。 「う、うわ、わあああああああああああああああああッ!?」 今度は、ジョヴァンニが叫ぶ番だった、そして、なりふり構わずに逃げた。 一歩、二歩、三…! 三歩目を踏み出したとき、左足の動きが止まった…いや、留められた。 振り向くと、銀色の糸が何本もブーツに絡みつき、まるで大蛇のような力で足を締め付けていた。 「うわっ!ああ、ああわああああ!」 慌てながらも、何とか『ブレイド』を詠唱し杖を刃にした。糸を切断しようと足掻くが、糸は鋼のように硬い上、切っても切っても再生し、足へと絡みつく。 そうこうしているうちに糸は太く絡まり、荒縄のように…そして蛇のように足を登ろうとした。 「ちくしょおおおおっ!」 ギースは雄叫びを上げて、自分の足を切断した。 千分の一秒だけ躊躇したが、それ以上はジョヴァンニと同じ最期を辿ることになる、決断は早かった。 すぐさま、『フライ』を詠唱しようと、したが、糸はもう片方の足へと絡みついていた、中を浮いた体が、ぐいぐいと船室へと引きずり込まれようとしている。 「嫌だ!嫌だ!助けて!助けて!」 「往生際が悪いわよ」 船室の中に引きずり込まれると…そこには、暗くて良くわからないが、女の形をした『何か』が居た。 その『何か』は、背中に長剣を背負い、腕から銀色の糸を生やしていた。 着ている服は血に塗れ、所々を切り裂かれたローブは、もはや服としての機能を成していない。 「ひっ…」 「聞きたいことがあるわ…貴方の依頼主についてね」 「ひっ、ひっ、ひ…」 ギースの頭が急速に冷めていく。 目の前の『何か』は、化け物のような力を持っていても、見た目は『女』だった。 こいつは女だ!どんな化け物であっても、女に違いない!そう自分に言い聞かせて、気を落ち着かせる。 「な、なななななんでもしゃしゃしゃ喋る、だかかかから助けてててててくへ!」 「そう、じゃあ場所を移しましょう?ここじゃあ目立つわ…」 ギースは、必死で声を震わせた、恐怖で震わせるのではなく、詠唱を誤魔化すために声を震わせた。 「(ウル)わわわか(カーノ)った!(ジエー…)ひ、は、おれは(……)」 ぴくりと女の眉が上がる、詠唱に気づかれた?だが俺の方が早い! 「うおおおおおっ!」 杖の先端から、ありったけの精神力を込めた炎が迸る。 炎は、自分の足をも焦がしてしまうだろうが、そんなことはどうでもいい。 とにかく今は逃げるために、生き延びるために、こいつを焼き殺さなければならない。 「うおああああああ!」 叫んだ、そして、力を振り絞った。 だが、その悪あがきは、女が背負っていた長剣によって切り裂かれた。 ごぉうという風の巻き上がる音を立てて、炎が消える。 女は長剣を…片刃の長剣を、ギースの顔に突きつけていた。 「…ひどい炎ね、人質も一緒に焼く気?」 その言葉と共に、剣が首へと差し込まれ…ギースの首は胴体と永遠の別れを告げた。 女は…、いや、ルイズはデルフリンガーを手にしたまま、人質となっていた生徒を抱きかかえる。 そして甲板の縁に立ち、高さを知るために下を見下ろした。 「まずいわね、私、レビテーションも使えないのに…」 すでに高度は百メイルに近い、自分が飛び降りる分には問題ないが、生徒を無事に下ろすことはできない。 ルイズは、後ろめたさからデルフリンガーに話しかけるのを躊躇ったが、生徒の命を助けるためには仕方ないと自分に言い聞かせ、静かに話しかけた。 「…デルフ。私の杖は確か『風のタクト』って言うんでしょう?これを使えば平民でも空を飛べるって言ったわよね、使い方を知らない?」 デルフリンガーは拍子抜けするほどいつもの調子で、かちゃかちゃと鍔を鳴らして答える。 『あー、どうっだったかなー。えーと…そうそう、イミテーションの宝石を回すんだ』 「イミテーション?……ああ、これ」 ルイズはデルフリンガーを口にくわえ、杖のグリップに埋め込まれている宝石を回した。 すると体が軽くなり、ふわり…と浮き始める。 ルイズは宝石を元に戻すと、甲板から地面に向かって飛び降りた。 空中で一度、二度と杖の中に仕込まれている『風石』を発動させ、落下速度を殺していく。 数秒後、どすん、と音を立てて地面に着地した。 衝撃はそれほど強くない…人質となっていた生徒も大丈夫だろう。 ルイズは生徒を適当なところに寝かせ、足かせを引きちぎった。 ちらりと脇を見ると……フリゲート艦で待機していたゾンビメイジの『残骸』が目に入る。 アンドバリの指輪の力でも再生できぬよう、三十六分割されたそれは、文字通りの残骸であった。 目が覚めたときこれを見つけたら、また気絶してしまうだろう…そう考えて、ルイズはクスッと笑みを漏らした。 「!…近づいてくるわね」 遠くから聞こえてきた音に、ルイズは敏感に反応する。 耳を地面に当てると、馬の蹄の音と、人の足音が聞こえてくる…間もなくこの生徒も発見されるだろう。 ルイズはデルフリンガーを鞘に収めると、木々の間をすり抜けて、その場から離れていった。 ◆◆◆◆◆◆ 「厄介ね!」 キュルケはそう叫びながら、宙に浮いた炎の弾を操り、ゾンビメイジの『マジック・アロー』を相殺していく。 シエスタから『波紋』を注ぎ込まれたキュルケは、一時的に精神が研ぎ澄まされているが、それでもコルベールの技を真似することは出来なかった。 コルベールが巨大な蛇状の炎を操るのに比べ、キュルケは直径50サント程の火球を一個操るのがやっと。 アニエスと戦っていたメイジが、炎で焼かれた腕を再生できないことから、ゾンビの弱点が炎であることは理解できた。 水系統の力で動いている以上、水分が必要だと証明されたのだが、それはかえってアンドバリの指輪が持つ人知を超えた力を見せつけているようでもあった。 「ほんとに!厄介、ねっ!」 キュルケの相手は、風系統の高位のメイジらしい、風の障壁を貼りつつ『マジック・アロー』を飛ばしてくるのだ。 キュルケの炎では障壁を越えにくい、超えたとしても、多少の炎ではゾンビを行動不能にできない。 タバサは、オールド・オスマンを連れて待避している。 オスマンの波紋は、リサリサの直系であるシエスタに比べて、はるかに弱い。 メイジの足止めをしたのが一回、ロフトの教師用テーブルを投げ落とす際に肉体を強化したのが二回……それだけでオスマンの呼吸は乱れ始めていた。 そのため、タバサに頼んでオスマンと怪我人を下がらせたのだが…アニエスとキュルケだけでゾンビを相手するのは辛い。 キュルケが攻めあぐねている時、アニエスは激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。 ゾンビは杖を燃やされたので、胸に突き刺さっている剣を引き抜いて使っている。 …アニエスの旗色が悪い。 「く!……なんて馬鹿力だっ」 吸血鬼ほどデタラメではないが、ゾンビは人間が備えているリミッターの外れた状態で戦っている。如何に歴戦のアニエスでも限界がある。 「アニエスさん!」 と、背後から誰かが叫んだ。 アニエスはその声が誰なのか解らなかった、ゾンビの剣に絡まったツタを見て…そしてツタに流れる『ライトニング・クラウド』のような閃光を見て、それが『魔法とは違う何か』だと直感的に理解した。 「山 吹 色 の 波 紋 疾 走 !」 シエスタが放った波紋は、剣を握る手に麻痺を起こさせた、その隙にアニエスがゾンビの体を蹴って距離を取る。 ゾンビは、剣を落とし…ふらり、ふらりとした足で少しずつ後ろに下がっていった。 「アニエスさん、大丈夫ですか!」 「礼は言う!だが非戦闘員は下がっていろ!」 「そういうわけには行きません!」 シエスタは半身に構えて両腕を前に出し、腕に絡めたツタを垂らす。 アニエスは何か言おうとしたが…そんな余裕がないと気付き、無言で剣を構えなおした。 だが、ゾンビは襲いかかってくる気配もない。 それどころか、自分の手を見て、周囲を見渡して……まるで迷子の子供のような顔をしてあたりを見回している。 「…様子が変だ」 アニエスが呟いた、その時。 「う、うおおおおおおっ!」 ゾンビが、キュルケが相手しているゾンビに向かって体当たりをした。 ごろん、と床に倒れ込むと、もがくゾンビを取り押さえて、叫ぶ。 「燃やせーっ!早く!俺ごと、やれーっ!」 キュルケはその言葉に、一瞬だけ躊躇いを見せた。 だが、それは本塔に一瞬のこと…杖を二人のゾンビに向かって振り下ろす。 ごうごうと音を立てて二人のゾンビが燃えていく、あたりに焦げ臭い、人間の焼ける嫌な臭いが立ちこめていく……しかし、誰もその場から離れようとしなかった。 皆、じっと燃えていく様子を見つめていた。 しばらくすると、炎が消えて、黒こげになったゾンビ二体が床に残る。 「…………」 もう、どちらがどっちなのか判別できないが、片方のゾンビが声にならぬ声を呟いていた。 皆、自然と耳を澄まし、その言葉を聞いた。 「と りす て いん の とも よ しょう き に も どし て くれた あ り が と……」 その言葉を聞いて…キュルケとは、床に膝をついた。 アニエスは祈るように両手を重ね、握りしめる。 シエスタは、水の精霊に会い、リサリサの記憶の一部を受け継いだことを思い出していた。 曖昧な記憶なので、はっきりと思い出すことは出来なかったが、正気を取り戻したゾンビを見て、ある一つの記憶が鮮明になった。 曰く『波紋は精霊に干渉できる』 ◆◆◆◆◆◆ 人質となっていた少女が衛兵に発見され、魔法学院に運ばれたのを確認してから、ルイズはトリスタニアへと足を向けた。 兵士達の会話の中から、魔法学院に潜んでいた賊が殲滅されたことを知ったので、もはや自分の用は無いと判断したのだ。 ルイズは、いつものように街道を避け、街道沿いの林の中を歩いていた。 「ねえ、デルフ」 『ん?』 デルフがいつものように背中から返事をする。その声はいつもと変わらなくて…変わらなすぎて、かえってルイズを不安にさせた。 「あなた、心を読めるんでしょう」 『前にも言ったけど、多少ならなあ』 「私の心、読んだ?」 『………あー、もしかして、見ず知らずの親子を殺したのを気にしてるのか?』 ルイズが、足を止めた。 背中の鞘からデルフリンガーを引き抜き、銀色に輝く刀身を見つめる。 「…軽蔑した?」 『いんや、別に』 驚くほど軽く、デルフリンガーが呟く。 それでは納得できないのか、ルイズはその場に座り込んで、足下にデルフリンガーを突き刺した。 「どうしてよ、だって、貴方は、武器屋で見つけたとき、私をずいぶん嫌ってたじゃない」 『いや、そうだけどさあ……』 デルフリンガーは言いにくそうに、鍔をカチャカチャと数度鳴らして…ぽつぽつと語り出した。 『俺っちは剣だ。悪いものばかりじゃなくて、いろんな奴に使われて人間も沢山切ってきた。おれは誰に使われるかを選べねー。 でもよう、嬢ちゃんはずっと後悔しっぱなしじゃねーか。俺っちは元から剣として生まれたから、自分じゃ戦うのは嫌だなーと思ってるけど、人を切るのに抵抗もないんだわ。 嬢ちゃんはずっと我慢してるじゃねーか。できるだけ相手を選んで殺してるし、希に我慢できなくなるのも仕方ねーと思うよ。 それに俺、嬢ちゃんはもっと食欲に流されると思ってたんだぜ。でも人間を襲わないようにすげー努力してるのは解る。 親子のことは可愛そうだと思うけどよ、貴族の横暴で似たような死に方してるヤツなんて、数え切れないほど見てきたぜ。 俺はよ、後悔し続けるそんな嬢ちゃんを嫌いになれねえ』 ほんの数分、沈黙が流れた。 ルイズは、そっとデルフリンガーを引き抜くと、その刀身を優しく抱きしめる。 「あんたが、人間だったら良かったのに」 『よせやい』 空を見上げる……月は雲に隠れているが、所々から綺麗な光線が漏れていた。 「この戦争を、終わらせましょう」 誰に言うでもなく…いや、自分に言い聞かせるように呟く。 月を見上げたルイズは、憑き物が落ちたように、穏やかな微笑みを浮かべていた。 To Be Continued→ 70後半< 目次 >72
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前ページ次ページ雪と雪風_始祖と神 「――あなたが仕事を成したら、おそらくわたしはこの世界から消える」 そう長門有希が切り出したのは、アーハンブラ城を望む街の湿った裏道であった。 ルイズや才人、そして誰にも代えがたい親友であるキュルケにさえも切り出さず、 タバサがトリステイン魔法学院を静かに去ってから、既に半年が過ぎようとしていた。 「ミョズニトニルン、この空間を作り出した人間は、 変化のないハルケギニアに、既に閉塞感を感じ始めている。 ガリア王に与えられた任務を失敗し、最後に残った存在理由、それがわたし。 あなたの母を取り戻せば、それはミョズニトニルンの敗北。 そして、わたしたちが負ければ、ミョズニトニルンの自意識は満たされる。わたしがあなたといられるのは、あとわずか」 普段通りの淡々とした口調で語る長門有希の背中を、月明かりが照らす。タバサはわずかに、長門有希を見やった。 しばしの沈黙の後、タバサが問う。 「ならば、……教えて。本当はなぜ、あなたが、ここにいるのか」 + + + 「わたしに僅かなエラーが発生し始めたのは、あなたと出会う半年前」 「――わたしは人間ではない。それはあなたに話した通り。 だから、有機生命体の感情の概念が、わたしに発生する筈などなかった。 でも、彼との対話を少しづつ重ねるうち、わたしを構成する有機体に、 与えられた機能を超えた部分――あなたたちの言語に翻訳すると、魂……のようなものが芽生え始めた」 「本来、わたしは与えられた命令を遂行するだけの存在に過ぎない。あなたと同じ」 「変化に気付いたのは、行動の可否の判断を、彼に委ねられたときだった」 「微小な変化。まずわたしは、それが"嬉しい"ということに気付いた」 「彼を助けること、それが彼にとっても嬉しく、わたしにとっても嬉しいという仮説を持った。 でも、すぐにそれは否定した。有機生命体が可視化した言語情報――本に創作された意識たちは、それを打算と呼んだから」 「でも」 「わたしがそのことに気付くまでの短い間に、彼に何かをしなくても、 彼のイメージを"魂"の中に認識するよう、わたしが作り変えられたことに気が付いた」 「そして、そのことを自覚してはじめて、彼のために行動すると、嬉しさだけではない、安堵感を生じるようになった」 「それは、"嬉しい"とは違うの?」 初めてタバサが問いかける。 「ちがう。わたしはそれを、"恋"と判断した。――ただし、あくまでもそれは萌芽。原初的なもの」 「恋?」 「そう。本に書かれた心理の変化のうち、わたしに新たに生じた事象は、"恋"に相当すると思われる」 「恋をしたあなたは、どうしたの」 「……何も、できなかった」 「なぜ」 「わたしが恋をした相手に、神――つまり、ミョズニトニルンもまた、恋愛感情を抱いていた。 ――わたしには、どうすることもできない。わたしが彼と結ばれることは、彼女の望まないこと」 「それでも」 「わたしは彼を忘れられなかった。だから、わたしは自身の望むように、世界を作り変えようとした――」 「世界を?」 「そう。あなたに見せたわたしの能力に似たもの」 タバサの脳裏に叔父の姿が過ぎる。彼もまた、世界を望む人間。 長門有希もまた、彼女にとって都合のよい世界を望むというのだろうか? タバサは彼女がそのような人間であることを信じたくないし、考えたくもない。 幸い、長門の独白は続いた。 「世界を変革することは簡単。でもその前に――」 「わたしにできる、精一杯のことを、彼にすることにした」 「精一杯のこと?」 長門有希は答えない。だが、彼女はタバサに視線を合わせようとしない様子から、 それ以上を話したくない様子がありありと読み取れた。 恥じらいの感情、彼女が初めて見せた表情にタバサは驚く。 タバサもそれ以上求めない。タバサ自身、自己を隠すことを友人に許されているのだ。 使い魔とはいえ、タバサも他人の秘密は最大限尊重しようと心得ている。 「精一杯のこと……。つまり――"ぴと"」 しかし長門は、自身の行動について説明する一言を搾り出した。 それは彼女にとって最大限の譲歩であった。 もう一つの決定的行動について、長門が口にすることはなかった。 「ぴと?」 タバサが問う。 「そう、"ぴと"。それが、わたしの行動。――でも、その行動もミョズニトニルンに察知されていた。 そのことで、彼女の持つ能力によって、わたしは元の世界からこのハルケギニアに閉じ込められた」 長門有希は口をつぐむ。 + + + 代わって、タバサが語る。 「――ユキ、わたしはあなたを誤解していた。 あなたをわたしと同じ、心に壁を築いた人間だと認識していた。 でも、それは違う。ユキは本物の感情を持っている」 「それに――、恋と言う感情がわたしには分からない。 わたしには、そんな感情を抱く相手がいない。これからも、ずっと――」 「違う」 長門有希が再び言葉を発する。 「あなたは本物の有機生命体。全くのゼロから感情が発生したわたしとは違う。 あなたがこれまでに得た全ての感情、それが恋に繋がる。書物だけではない、全ての経験」 「全て?」 「そう」 「――ユキの感じた嬉しさと安堵感。わたしも感じられる?」 「可能。できないはずがない」 「ありがとう、ユキ」 タバサは立ち上がり、アーハンブラ城を見上げる。 「わたしはシャルロットになる。そして、いつかわたしも――」 + + + + + + アーハンブラ城に接近すること、それ自体は難しいことではない。 幾何学模様に彩られた、エルフの築いた城塞は、ガリア王家の所有ではあるものの、 ほんの数ヶ月前までは荒れるに任され、城内は浮浪者の住処に成り果てていたのである。 タバサの母がアーハンブラ城に幽閉されているという情報を掴んだきっかけも、 廃墟であったこの城が、にわかに整備され始めたという噂であった。 かといって、王弟の妃という貴人に見合う警備体制が敷かれているわけでもなく、 明かりの灯った一角のほかには、変わらず住人が我が物顔で闊歩していた。 「こんどはわたしの番。この城には伝説がある」 突入を前にして、歩みを止めると、今度はタバサがおもむろに語り出した。 「伝説?」 「そう。三人の姫の話」 + + + ――エルフがこの一帯を支配していた頃の話。 この城には、三人の姫が閉じ込められていた。 閉じ込めたのはエルフの王。王は娘を恋から守りたかった。 彼は、恋が三人の娘を連れ去るという、占い師の言葉を信じていた。 そして三人の姫は、恋以外の全てを知って育った。 でも、ついに姫たちは恋を知ってしまった。 三人の姫が城から街を見下ろしていると、窓の下に三人の着飾った男が通りがかった。 男達は人間だった。 人間とエルフが互いを憎んでいなかった頃、互いの領域を行き来するのは普通のことだったらしい。 男達が窓の下で休息を取ったのは偶然だった。 男の一人は弁当を早く食べ終わると、楽器を取り出し、歌いはじめた。 男が歌ったのは、他愛のない恋の歌だった。 恋を歌った詩の一つも見たことがなかった三人の姫にとって、それは初めて知る感情だった。 三人の姫は、男達が去るのを見ていることしかできなかった。 でも、男達は次の日も、同じ場所で昼食を取った。 三人の姫は、今度は見ているだけではなかった。 最初に長女が、次に次女が、最後に三女が、男の歌っていた歌を、窓から男達に向けて歌い出した。 男達はすぐ歌声に気付き、城を見上げた。 やがて三人の姫のもとへ、手紙を掴んだ梟が飛んできた。梟は、男の一人の使い魔だった。 こうして三人の姫と、三人の男が出会った。 手紙を交わすうち、三人の男はそれぞれ王子で、遊学のためにエルフの領域を訪れていることが分かった。 一人はガリアの王子で土メイジ、使い魔は熊。 一人はアルビオンの王子で火メイジ、使い魔は火竜。 一人はトリステインの王子で風メイジ、使い魔は梟。 ガリアの王子は得意の錬金で姫に髪飾りを贈った。 二人は宝石の美に、一人だけが彼が錬金した彫刻の技術と知識に魅せられた。 二人は魔法の知識について手紙を交わし語り合った。彼は、知識を愛する姫と恋に落ちた。 アルビオンの王子は、三人の姫に少しでも近づこうと、城壁を登った。 使い魔の火竜で近づくのは、目立ちすぎて不可能だった。 彼は三度挑戦し、三度目に姫の元へ達した。 二人の姫は彼を無謀と罵り、一人だけが彼の勇気を称えた。 彼は、勇気を愛する姫と恋に落ちた。 トリステインの王子は使い魔の梟と視界を共有し、三人の姫を見た。 彼は、使い魔が手紙を渡したときから、最も美しい姫に恋していた。 彼がこの世で最も美しい手紙を書くと、美しい姫はそれ以上に美しい手紙を書いた。 彼は、美を愛する姫と恋に落ちた。 三人の王子がこの街を去る前日になった。 その晩、ガリアの王子がゴーレムを作り、三人の王子を窓辺に届けた。 三人の王子が三人の姫に結婚を申し込むと、 勇気を愛する姫と、美を愛する姫は、ゴーレムの掌に乗り移った。 一人だけ、知識を愛する姫だけが躊躇していた。 彼女は知識に囚われるばかりに、行動を起こすことができずにいた。 ついにエルフ達がゴーレムに気付き、ゴーレムは精霊の力で土塊に戻った。 間一髪、アルビオンの王子の使い魔、火竜が三人の王子と二人の姫を助け、 人間の領域へと飛び去っていった。 一人、知識を愛する姫だけが、アーハンブラ城に取り残された。 アルビオンの王子は勇気を愛する姫を、トリステインの王子は美を愛する姫を妃とした。 エルフの王は、占い師の予言通りになったことを悲しみ、 一人残った知識を愛する姫を、この城の外にある塔に閉じ込めた―― + + + 「初めて耳にする」 長門有希の正直な感想である。 「当然。この伝説は、ハルケギニア中でも最も危険な異端に属する。 もしこの伝説が事実ならば、王家にエルフの血が流れていることになる。 それでなくとも、ハルケギニア中が恐れるエルフと、交流のあった時代があったこと自体 ロマリアの教皇庁が全力で隠している事実」 「――知識を愛する姫はどうなったの?」 長門がタバサに問う。 「わからない。ガリアの王子と手紙を交わし続けたとも、 悲嘆に暮れて若くして死んだとも言われている。恋を知った彼女は、不幸だったかもしれない。――だけど」 「だけど?」 「わたしは恋を知ることを恐れない。 だから、ユキ、あなたも恐れないで。 ミョズニトニルンは、あなたと同じひとを愛しているかもしれない。 でも、あなたの感情とミョズニトニルンの感情に優劣を付けることなんてできない」 長門は小さく頷いた。 「――どんな王も占い師にも、わたしは縛られない」 長門有希の高速詠唱によって、灯りのついた部屋まで一直線に、通路が構成される。 + + + 二人が部屋に姿を現すと、ベッドに身を起こす人影から花瓶を投げつけられる。 「シャルロットを連れ去りに来たのでしょう!? 去りなさい、無礼者!」 しかし、タバサは母の前に跪き、 「シャルロット、母様の元へ、今、戻りました。悪夢はこれで終わりです。――ユキ、お願い……」 長門有希は掌をタバサの母に向け、高速詠唱を開始する。 しかし、今回ばかりは様子が異なった。 これまで一瞬で終わった詠唱が、普段より明らかに長く続いていることがタバサにも分かった。 その間もタバサの母は狂乱し、言語にならない奇声を上げている。 長門は一旦、詠唱を中断せざるを得ない。 「やっぱり――」 「もう少しだった。エルフによる情報操作とのせめぎ合い。 わたしには少しづつ押し切っていくことしかできない」 「母様をここから連れ出してからでもいい」 「――次はできる。もう一度、やらせて」 「わかった。お願い」 再び、長門有希の高速言語が母へ向かう。 輪を掛けて長い詠唱。 やはりエルフの先住魔法には、使い魔の情報操作でも対抗できないのか。 エルフに対し成す術もなかった、オルレアン公領の光景が脳裏を過ぎり、自然、タバサの手に汗が滲む。 しかしだんだんと、取り乱していたタバサの母の様子に変化が現れる。 奇声が止まり、目の焦点がだんだんと二人に合わされる。 そして長門が詠唱を止めたとき、母は、二人のことを静かに見据えていた。 「シャルロット――?」 「母様?」 タバサはベッドの母の胸に飛び込むと、涙を流し、心の全てを吐き出した。 それは、彼女の孤独そのものである。 長門有希は、情報操作によって部屋をハルケギニアから隔離し、自身はその狭間に姿を隠した。 本来ならば一刻も早く脱出しなければならないところだが、いかにエルフとはいえ、 空間全体を情報制御下に置けば、進入できまい。 やがてタバサは泣きつかれてか、母と寄り添って寝息を立て始めた。 この空間から出るまで、しばらく時間がかかりそうだ。 長門は気付かず微笑する。 しかし、その甘さが命取りであった。 自身の体を包み込もうとしている倦怠感、眠気のような感覚に気付く。そのときにはもう遅い。 それはまさに、彼女の体を侵食する、情報操作に他ならなかった。 タバサと母が眠りに落ちたのも同じ理由であろう。 エルフによる情報操作。 まさか、絶対の自信を持っていた空間の制御に、こうも簡単に介入されるとは。 誤算は、この空間が情報統合思念体の観測下とは物理法則の異なる、隔離された空間であることであった。 彼らにとって、ハルケギニア全体はホーム、利はエルフにある。 タバサと長門有希は、まんまとあのエルフに捕らえられたのだ。 薄れゆく意識の中、かろうじて長門は魔法学院に情報を飛ばす――。 + + + 二人のいない間に、トリステイン魔法学院も戦時体制に突入していた。 ルイズやキュルケたちも、従軍しないとはいえ、学院に派遣された軍人による教練を受けている。 その中に混じって剣の稽古を受けていた平賀才人が自室に戻ると、 机に置かれたノートパソコンの電源が入っている。 彼がパソコンの蓋を開けると、モニタは真っ黒のまま、白い文字だけが表示されていた。 YUKI.N みえてる? 「なんだこれ――、長門さん!?」 しばし呆けたあと、記された名前に気付き、キーボードを滑らせた。 『ああ』 YUKI.N わたしたちの負け。わたしにはもう、タバサを助けることはできない 『なんだって?』 YUKI.N わたしという個体は、もうすぐこの空間から消失する 『消える?』 YUKI.N 一方的な願いだと思っている。タバサを助けて。アルハンブラにいる 『長門さんはどうなるんだよ』 YUKI.N 元の世界に戻るか、完全に消失するか、どちらか 『そんな――』 YUKI.N わたしが消えたら、わたしがこの空間に及ぼした影響の大半が消える。ルイズをよろしく 『ルイズがどうなるんだ』 しかし返答はない。 「長門さん!?」 才人は思わずノートパソコンのディスプレイを叩く。 すると、思い出したように新たな文字が現れ、そしてパソコンの電源が切れた。 YUKI.N 虚無 「長門さん! ちくしょう、いったいどうしたっていうんだよ!?」 思わずパソコンに向かって叫ぶ才人。 だが、その大声は、部屋の外から聞こえた爆発音に掻き消された。 才人が廊下に出ると、ルイズの部屋の扉が吹き飛んでいる。 「ルイズ!? 大丈夫か? なにがあったんだ!」 煙が晴れると、木やガラスの破片が散乱する部屋の真ん中に、ルイズがへたり込んでいる。 「サイト……。わたし、またゼロになっちゃった……」 才人はルイズの爆発魔法を直接目にしたことはない。 それでも彼女の口から、才人と出会う直前まで、どんな魔法でも爆発する「ゼロ」だったということは聞き知っていた。 おそらくこの爆発が、彼女をゼロと呼ばせた魔法なのだろう。 そして、そのとき才人の頭を過ぎったのは、同じくルイズから聞かされていた、 彼女がアンドバリの指輪によって洗脳されていた間の体験。 そして、ルイズが本物の虚無であったという、長門有希の言葉である。 ルイズは確かに、虚無の魔法を唱えさせられたと話していた。 そして長門有希も、ルイズの虚無の力を証言していた。 最後の一押しは、今、もう一度伝えられた「虚無」。 あまりに話ができすぎている。 「ルイズ」 才人はルイズの前に座り込み、彼女と目線を合わせる。 「ゼロなんかじゃない。ルイズは本当の系統に目覚めたんだ」 「ありがとう、サイト。でも、慰めなんかいらないわ」 「慰めなんかじゃない。ルイズ、前に虚無の魔法について話したよな?」 「え、ええ」 「試しにそれを唱えてくれ。部屋が吹っ飛ばないくらいのを」 「まさかわたしが虚無だっていうの? 出任せにも程があるわ」 「俺が今までに、ルイズに嘘をついたことがあったか?」 「ええ、あったわ。あのメイドとイチャイチャして――」 「それは悪かったと思う。でも、ルイズを思う俺の気持ちは本物だ。 ――俺が本当にルイズを好きになる前、ルイズを尊敬していたのは、 ルイズが本物の貴族でメイジだったからなんだ。 今一度でいい、俺に初心を思い出させて、 ルイズ以外の女の子を忘れさせるために、ルイズの魔法を見せてくれないか?」 「……なによ、芝居がかって気持ち悪い。でもいいわ、一度だけよ。爆発するでしょうから離れてて」 ルイズが唱え始めたルーンは、虚無の魔法、イリュージョンのものだった。 単語の一つ一つが才人に心地よさを覚えさせ、ガンダールヴのルーンが光り輝く。 ルイズもまた、以前エクスプロージョンを唱えようとしたときとは違う、 体の中にある力の流れが、一方向に放出されるような感覚を覚える。 ルイズが詠唱を完成させると、二人の間には、光とともに人間の像が現れる。 それは、白銀の鎧に身を包み、デルフリンガーを構えた姿の平賀才人であった。 「わ、わたしったら、なにあんたのこと思い浮かべてるのよ! えいっ、えいっ、消えて!」 ルイズの言葉に従い、虚無の虚像は音もなく消える。 「ルイズ……、今の俺、なんか表情が……。お前の頭の中じゃ、俺ってあんな風に見られてたのか」 「な、なんにも聞こえないわ。今のは事故よ、事故」 顔を赤らめ下を向くルイズ。 しかし才人は、そんな彼女を優しく抱きしめた。 「でも、ありがとう。何も言われてないのに、使い魔の姿を思い浮かべるなんて、そうそうできやしないぜ」 「恥ずかしいからそれ以上言わないで――」 「それに、虚無の魔法が使えたじゃないか。ルイズはゼロなんかじゃない。 四系統を使いこなす天才でもない。伝説――だったんだ」 「――わたしが、虚無」 「ああ。……だけど、どうなっちゃうんだろうな、俺たち。伝説だぜ――?」 前ページ次ページ雪と雪風_始祖と神
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第40話 才人からの贈り物 隕石小珍獣 ミーニン 隕石大怪獣 ガモラン 毒ガス幻影怪獣 バランガス 登場! 時に、ブリミル暦紀元前……この惑星は死の星と化していた。 ルイズたちが生まれる、六千年以上もさかのぼるはるかな過去の時代。平賀才人は、この時代の大地を踏みしめて歩いていた。 「サハラから西へ旅を続けて、もう一ヶ月は経つな……けど、今日も見えるのは砂嵐と荒地ばっかりか。ほんとにここが将来ハルケギニアになるなんて信じられないぜ」 汚れた空に、乾ききった大地がどこまでも連なる光景に、才人のつぶやきが流れて消えていく。 才人の周りでは、彼の属するキャラバンが、砂ぼこりを避けるためのぼろに似た外套をすっぽりとかぶって粛々と隊列をなしている。彼らは将来、この地がアルビオンと呼ばれる国になることを知らない。 そう、この時代の彼らにとって、確かな未来などというものは何一つとしてなかった。あるのは、なにもわからない明日へとつながっていく今日のみ。 キャラバンは才人を含めて、百人を少し割る程度の人数で組まれ、そこには人間以外にもエルフや翼人など様々な種族が混じっている。 そして、このキャラバンを指揮するリーダーの名前はブリミル。後の世で、ハルケギニアの歴史を開いた始祖ブリミルとして崇められる人物である。 しかし、今のブリミルには聖者としてあがめられるようなものはまだなにもない。ただひたすら、仲間たちとともにわずかばかりの物資を積んだ荷車を引いてあてもない旅を続ける放浪者に過ぎなかった。 「サイトくん、大丈夫かい? よかったら、水ならまだあるよ」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 先行きが見えない旅では、物資の浪費はあらゆる意味でつつしまねばならない。水くらい、魔法で作り出せるけれども、いざというときのために精神力はなによりも節約せねばならないものだということを才人も心得ていた。 けれども、才人は自分を案じてくれたブリミルの優しい眼差しには心から感謝していた。こうして間近で見るブリミルの姿は、どこにでもいる平凡な青年のそれそのものだ。”現代”のハルケギニアで語られているブリミル像のほとんどが、想像による虚構でしかないのであろう。 ヴィットーリオの虚無魔法によって、この時代に飛ばされて以来、才人は彼らと行動をともにしてきた。自分がなぜこの時代に飛ばされてきたのか、才人にはわからない。ヴィットーリオが意図したものとは思えなかったし、つたない想像力を働かせてみると……暴走した虚無の力が、その源流へと帰ろうとしたのか、そういうところだろうか。 もっとも、才人にとってはどうでもよかった。この時代に来てしまったのが偶然であれ必然であれ、現代のハルケギニアで起きている問題の原因はこの時代にさかのぼってしまうのだ。謎に迫るのに、現代ではわずかな資料から推測することしかできなくても、この時代に来て当事者たちと行動をともにすること以上があるだろうか。 この時代を襲った大厄災、光の悪魔ヴァリヤーヴ。それらの正体を知って、現代に持ち帰るという使命感で才人はブリミルたちについてきた。その中でブリミルや仲間たちとも気心も知れてきたのだが、生まれも種族も違っても、皆いい人ばかりだった。こんな世界では、助け合わなくてはとても生きていくことはできない。 特に、ブリミルに次いでキャラバンのリーダーシップをとっているのが、隊の先頭に立って歩んでいるエルフの少女だった。 「みんな、ちゃんとついてきてる? 砂嵐には注意して、隣にいる人が離れてないか確認を忘れないでね! 誰かいなくなったら、すぐに大声をあげるのよ!」 「うわあ、サーシャさん、がんばってるなあ。ブリミルさん、水ならおれよりあの人に持っていってあげてください」 「いやいや、僕が持っていったら余計なことするんじゃないわよって怒鳴られるよ。水はサイトくんが持って行ってくれ。やれやれ、リーダーは一応僕なんだけど、あれじゃどっちがリーダーかわからないよなあ」 苦笑するブリミルの視線の先には、金髪をなびかせてキャラバンを鼓舞するエルフの美少女、サーシャの姿があった。彼女こそ、この時代の、そして最初の虚無の使い魔ガンダールヴであり、ブリミルのパートナーだ。 そして彼女こそ、才人たちの時代にも現れたウルトラマンコスモスのこの時代での変身者だった。 この世界に迷い込んで、あのカオスドルバとの戦いを経てからずいぶんと長い間旅を続けてきた。それは、各地を回りながら生き残りの人を探し、救っていく、あてもない旅。だが、そうするしかないほどに彼らは弱体であり、頻繁に襲ってくるヴァリヤーグとの戦いは彼らに消耗を強いた。 「光の悪魔……てか、ありゃどう見ても宇宙生物だよな。怪獣に取り付いて操って、この星を征服しようとでもしてやがんのか? けど、おれたちの宇宙にはあんなやつはいないしなあ……せめて話でもできればと思っても無理だったし」 ヴァリヤーグはどこから沸いてくるのか、いくら倒してもいっこうに攻撃が緩む様子もなく、ヤプールとの戦いを続けてきた才人も辟易としていた。対話を試みても、相手には知性があるのかどうかすら疑わしい。残念ながら、ヴァリヤーグと呼ばれている光の生命体が感情を持つようになるのは、はるかな未来の話なのである。 わずかな手がかりを頼りに、かつて街や村だった場所を訪れてみることを繰り返す日々。が、そのほとんどはすでに廃墟と化しており、生存している人はよくて数人であった。それでも、絶望に耐えて生き延びていた人たちはブリミルの仲間に加わり、困難な旅へと同行することをためらわなかった。 つらい旅ではあったが、廃墟にとどまって死を待つよりは、自らの足で最後まで歩き続けるほうがまだ希望がある。カオス化した怪獣たちはブリミルの虚無とウルトラマンコスモスの活躍で撃退し続けることができた。浄化した怪獣たちを眠りにつかせ、襲われていた人々を仲間に加えて旅を続けて、少しずつキャラバンは規模を広げていった。 しかし、襲ってくるのはヴァリヤーグばかりではなかった。この世界にいる怪獣たちの中には、ヴァリヤーグとは関係なく襲ってくるものもいたし、才人がいた時代と同じように原因のはっきりとしない異変と遭遇することもあった。 その中のひとつの、ある事件と、そこで出会った小さな仲間。それが、才人とハルケギニアの未来を大きく揺るがすことになる。 ブリミルのキャラバン隊の、荷車のひとつの上から才人にかわいらしい声がかけられた。 「きゅうーん」 「こらミーニン、顔を出しちゃダメだろ。まだ外は空気が悪いんだ、次の休憩地まで中でおとなしくしてな」 「きゅう……」 才人は、甘えるような声をかけてきた赤い小さな生き物に、ちょっと厳しめに言った。 その生き物は、才人の知っている珍獣ピグモンにそっくりな容姿をしていた。性格も同じようにおとなしくて友好的で、今ではキャラバンの仲間としていっしょに旅をしている。 ミーニンは、才人に叱られると残念そうな顔をしてから荷車の中に引っ込んだ。荷車の中からは、ミーニンのほかに数人の子供の遊ぶ声が聞こえてくる。歩く旅に耐えられないほど幼い子たちは、こうやって連れられているのだ。 子供たちは、旅の困難さとは関係ないように楽しそうに中で遊んでいるようだ。そんな声を聞いて、ブリミルはすまなそうに才人に言った。 「本当にすまないね。僕の移動の魔法さえあれば、皆をもっと安全に遠くに運べるというのに……」 「気にすることなんてないですよ。いざというときにブリミルさんの魔法が使えないことのほうが大変ですって。それに……」 それに、と言い掛けて才人は口をつぐんだ。ここが始祖ブリミルの時代であるならば、ブリミルがこんなところで終わるはずはないのだ。 この先、どんな困難が待っているにせよ、少なくともブリミルは子孫を残してハルケギニアの基礎を築くところまでは行くはずだ。また、現代にある始祖の秘宝もまだ影も形もない以上、ブリミルが亡くなるのはまだ何年も先であると確信できる。 ただし、下手な干渉をしすぎて未来を変えてしまうわけにはいかない。タイムパラドックスというものがどうなるのか、やってみなければ想像もつかないが、混乱に自分から拍車をかけるわけにはいかないと才人は自重していたのだ。 始祖ブリミルの人柄、謎の敵ヴァリヤーグ、この時代に来たからこそわかったことは多い。それに、彼の率いるキャラバンに加わっている者たちは、現代のハルケギニアでは敵対しあっている者同士である。それがこうして仲良く協力し合えている光景は、まさに現代で目指している”夢物語”の風景そのものではないか。才人はそれらを、現代にいるみんなにすぐにでも話したかった。 けれど、まだそれはできない。現代に帰る方法に、まだたどり着いていないからだ。それに、まだ大厄災について肝心な部分を知れていない。以前、始祖の祈祷書が見せてくれたヴィジョンにあった、ヴァリヤーグの現れる前からこの世界で続いていた戦争についてなどのことを尋ねようとすると、なぜかブリミルたちは固く口を閉ざしてしまうのだった。 「結局、枝葉の部分だけで根っこについては謎のままなんだよな。ブリミルさんたち、いったいなにを隠してるんだろう?」 元来、口は軽くてもうまくはない才人に、他人の口を割らせるための交渉術など土台無理な話だった。もっとも、それを置いても今知っている情報だけでもとてつもない価値がある。なんとしてでも、帰る方法を見つけなければならない。せめてルイズもいっしょにこの世界に来てくれていたら、ウルトラマンAの時間移動能力で帰れたのだが。 そうして旅をしながらじれる日々が続いていたときである。ミーニンとの出会いとなった、ある街での事件に遭ったのは。 時は、一週間ほどさかのぼる。 「ショワッチ!」 瓦礫と化した街の中で、ウルトラマンコスモスと一頭の怪獣が睨み合っていた。 怪獣の名前は隕石大怪獣ガモラン。才人の知っているロボット怪獣ガラモンと似ているが、まったく別種の怪獣兵器だ。 「ヘヤッ!」 コスモス・ルナモードが突進してくるガモランをさばいてかわし、振り返ってきたところを掌底で押し返した。 だが、ガモランはひるむことなくコスモスへと襲い掛かってきて、コスモスはルナ・キックで押し返し、ルナ・ホイッパーで巨体を投げ飛ばした。 地響きをあげて、廃墟の瓦礫をさらに砕きながら転がるガモラン。その戦いの様子を、才人やブリミルたち一行は少し離れた場所から見ていた。 「いけーっ! がんばれ、ウルトラマンコスモス!」 「サーシャ頼む、昨日ヴァリヤーグに使ったおかげで僕の力はまだ半分ほどしか戻ってない。今は君に頼むしかないんだ」 二人の応援が風に乗ってコスモスへと届く。コスモスと一体化しているサーシャは、それを少し苦々しく思いながらも聞いていた。 『まったく気楽なんだから。どこの世界に女の子を戦わせて応援にまわってる男がいるのよ。あの二人、やること済んだら必ず絞めてやるわ!』 現代でコスモスが一体化しているティファニアと比べたら態度の乱暴さがはなはだしいが、それでもしっかりと地上のブリミルたちをかばうように体勢をとっているのはサーシャの優しさの表れだろう。 コスモスがどうしてサーシャと一体化するようになったのか、才人はそれも知りたかったが、ブリミルもサーシャも答えてはくれず、キャラバンの仲間にも知っている者はいなかった。なにかしら答えづらい事情があるのだろうとは才人も察するのだけれども、それを聞いたときのふたりがとてもつらそうな顔をしていたので無理に聞けなかった。 指を槍のように伸ばして突き立ててくるガモランを、コスモスはひらりひらりとさばいてかわす。しかしガモランは、才人の知っているガラモンが熊谷ダムを体当たりで一発で破壊したように、体格を活かした突進攻撃を得意としているからちょっとやそっとではあきらめない。その上に、ガラモンの身長四十メートル六万トンに対してガモランは五十メートル七万トンと一回り大きく、それでいて動きも素早いのでコスモスも簡単にはあしらうことができない。 防戦一方に陥っているように見えるコスモス。しかし、なぜガモランがこの街に現れたのだろうか? ガモランは自然発生する怪獣ではなく、それにはちゃんとした理由がある。 才人たちが街の住人の生き残りから聞いた話はこうである。この地に、街ができるより前には小さな集落があって、そこには小さな岩くれと金属の箱が受け継がれていた。それは、あるとき空から落ちてきた贈り物だといい、決して開けることのできない箱を開けることができたら幸福が訪れるのだと言われていた。それまでは、文字通りに誰がなにをやっても開けられない箱で気に留められていなかったのだが、集落を街に発展させた”外来人”たちは箱の仕組みを見抜き、なんらかの方法で箱といっしょに伝えられていた岩から小怪獣ミーニンを再生することに成功した。 ”外来人”たちが集落の先住民たちに語った話では、ミーニンは元々は宇宙のどこかから送り込まれてきた異文明攻撃用のバイオ兵器ガモランであり、箱はその起動装置であると。本来なら、ミーニンになった岩にへばりついていたヒトデのような形のバイオコントローラーで巨大化して操られるのだが、”外来人”たちはその仕組みを解析して、バイオコントローラーを起動させずにミーニンを目覚めさせたのだという。 それ以来、ミーニンはおとなしい怪獣として、この街の子供たちのよき遊び相手となってきた。しかし、この街もほかの街と同じく戦火に飲み込まれたとき、追い詰められた街の生き残りたちはガモランを防衛兵器として利用しようと、封じられていたバイオコントローラーを使ってミーニンをガモランにした。が、結局コントロールすることはできずに、自分たちがガモランに襲われてしまったということらしかった。 才人たちの後ろには、ミーニンの友達だった街の子供たちがいる。皆、なんとかミーニンを助けて欲しいと訴えかけてくる姿は才人の心を締め付けた。 「大丈夫。ウルトラマンがきっとなんとかしてくれるさ」 子供のひとりの頭をなでてやりながら才人は優しく言った。この破滅してゆく世界の中で、友達の存在はどれだけ子供たちの支えになったことだろう。どんな理由があろうと、大人がそれを失わせてはいけない。 けれど……と、才人は頭の片隅で考えていた。話を聞く限り、外来人とやらは宇宙人の力でロックされていた箱をリスクを回避して開けたということになる。街の生き残りに、もうその外来人はいないそうだが、そんなことができる技術力はまるで、彼らも…… と、そのときガモランの額から稲妻状の光線、ガモフラッシュ光線がコスモスめがけて放たれた。 「ヘヤアッ!」 コスモスはとっさにリバースパイクを張って攻撃を防いだ。そして、そのままバリアを前進させてガモランにぶっつけてダメージを与えた。 「ああっ! ミーニーン!」 「おいサーシャ、ちゃんと手加減しろよ! 子供たちがおびえてるだろ」 ブリミルが慌てて叫ぶと、コスモスはしまったと思ったのかピクっとした。ウルトラマンは同化した人間の影響を強く受ける。サーシャの荒っぽい性格が、さすがの優しさのルナモードにも反映されてしまったのだろう。 だがしかし、これは好機には違いない。ガモランの動きが止まっている今なら、なんとかするチャンスがある。そこへ再度ブリミルがコスモスに向かって叫んだ。 「額だ、怪獣の額のヒトデを狙うんだ。それが怪獣を操っているコントローラーなんだ!」 コスモスが理解したとうなづく。しかし、才人は違和感を強くしていた。やはり、この人たちはただのメイジなんかじゃあない。なぜかはわからないが、相当な科学知識を持っている。 しかし、才人が考えるよりも早くコスモスは動いていた。ダッシュしてガモランに接近し、左手を上げて光のパワーを溜め、それをガモランのバイオコントローラーに貼り付けるようにして振り下ろした。 『ピンポイントクロス』 相手の能力を封じるエネルギーを押し当てられて、バイオコントローラーは急速に効力を失って自壊した。 バイオコントローラーさえなくなれば、ミーニンをガモランに変えていた効力もなくなる。巨大化も解除されて、ガモランはみるみるうちに小さくなり、やがて愛らしいミーニンの姿に戻った。 「やったぁ! ミーニン!」 元の姿に戻ったミーニンへ子供たちが駆け寄っていった。ミーニンは額にピンポイントクロスが変化した×の形の絆創膏がひっついたままでいるが、元気そうに飛び跳ねて早くも子供たちと遊んでいる。 とりあえず、これで一件落着か。ブリミルや才人も考えるのをいったんやめてほっと胸をなでおろした。 コスモスも、ガモランが完全に無力化されたのを確認すると飛び立つ。 「ショワッチ!」 やがてサーシャも帰還し、ブリミル一行は勢ぞろいした。 バイオコントローラーが破壊された以上、ミーニンが凶暴なガモランに変化する危険性はもうないだろう。ブリミル一行は、街の生き残りとミーニンを旅の仲間に加えることを決めた。 それが、ミーニンが仲間にいる経緯である。 その後も、ブリミル一行は可能な限り各地の生き残りを探しながら旅を続けてきた。 だが、仲間が増えることは必ずしもいいことだけとは限らない。この過酷な旅に同行させ続けるには耐えられない者も出始めているし、キャラバンの規模も移動を続けるには大きくなりすぎ始めている。 「どこかに腰を落ち着けられる場所を見つけなければいけない。でなければ、我々は墓標を立てながら旅をしなければいけなくなる」 ブリミルは焦っていた。このまま無理に旅を続ければ、せっかく見つけた生き残りの人々がバタバタと倒れていく死の行軍となってしまう。 そんなときである。この地の先に、比較的無事な土地があると聞いたのは。 そして、ブリミルたちは苦しい旅を乗り越えて、後にロンディニウムと呼ばれる土地にたどり着いた。 「おお、この世界にまだこんな場所が残っていたとは……」 「緑に、湖……なんだか、すっごく久しぶりに見たわ」 ブリミルやサーシャの目からは涙さえ流れていた。当時のロンディニウムは小高い丘のそばに小さな湖があるだけのこじんまりとしたオアシスで、現代であれば誰にも見向きもされないだろう。しかし、砂漠のような土地を旅し続けてきたブリミルたちにとっては天国のように見えた。 しかも都合のいいことに、近くにはこのあたりの領主が別荘にしていたのかもしれない小さな城が、半壊ながらも残ってくれていたのだ。 「ありがたい、これならなんとか定住することができる。ようし、ここを我々のしばらくの拠点にしよう!」 ブリミルの決定に、全員から歓呼の声があがったのは言うまでもない。これでなんとか、子供や怪我人は旅から離れて定住させることができる。 だが、この小さなオアシスでは養える人数はたかが知れている。水だけはなんとかあるが、これまで立ち寄ってきた街から回収してきた食料はあまり多くなく、この地で耕作をやるにせよ、収穫ができるのは当分先だ。人数が増えたことが今では仇となっていた。 「食料をどこかで見つけないと、このままでは餓死者が出てしまう。しかし、どんなに節約しても長くは持たない」 ブリミルは悩んでいた。これから食料を探しに出るにしても、収支がギリギリでマイナスになってしまうのだ。なんとかしたい、これまでいっしょに苦楽を共にしてきた仲間をひとりとて犠牲にはしたくなかった。 そんなときである。子供たちを連れるようにして、ミーニンがブリミルの元にやってきたのは。 「ブリミルさん、ミーニンがなにか言いたいことがあるみたいなの」 「ミーニン、ありがとう、僕をはげましに来てくれたのかい。おや、それはバイオコントローラーを操作していた箱じゃないか……まさか、ミーニン、君は」 ブリミルが驚いてミーニンの顔を見ると、ミーニンはさびしそうな目をしてきゅうと鳴いた。 ミーニンの意思、それは食料の節約のために、自ら岩に戻って口減らしになろうというものだった。 これを、もちろんブリミルは拒絶しようとした。が、一人分を削ることができればなんとか収支をプラマイゼロにすることができ、悩んだ末に才人やサーシャにも相談し、サーシャの一言で決心した。 「それはミーニンの意思を尊重するべきよ。一番つらいのは誰だと思う? ミーニンに決まってるじゃない。それでも、ミーニンはせっかくできた友達と別れる覚悟をしてまで名乗り出てくれたのよ。あなたがリーダーなら、その意思を無駄にしちゃいけないわ」 サーシャの言葉に、ブリミルは短く「わかった」と答えた。それを見て才人は、責任を持つということのつらさと重さをかみ締めるのであった。 だが、ミーニンの封印は簡単なことではない。一度ミーニンを岩に戻してしまうと、復元するためのエネルギーがたまるまでに地球時間で何百年もかかってしまうことがわかったのだ。つまり、この世代の人間がミーニンと再会することはできない。 子供たちをはじめ、仲間たちは皆がミーニンとの別れを惜しんだ。もちろん才人もで、短い間でとはいえミーニンの無邪気さには何度救われたか知れない。が、そのときふとブリミルが思いついたように才人に言った。 「そうだ、サイトくん。君が探してる、未来の君の仲間に連絡をとる方法だけど、もしかしたらあるかもしれないぞ」 「ええっ! それマジですか! なんですなんですか」 「落ち着きたまえ。単純な話だ、ここが君の世界から六千年前だったら、今から六千年経てば君の時代に行き着くということさ。我々人間にとってはとほうもなく長い時間だが……」 才人もそれでピンときた。六千年は宇宙人や怪獣でもない限り、普通の生き物が超えるには長すぎる時間であるが”物”ならば別だ。ミーニンに手紙を託して、自分のいた時代へと運んでもらうのだ。いわゆるタイムカプセル。ミーニンにしても、いつともしれない時代で目覚めさせるよりかは自分のいた時代なら信頼できる人がいる。 だが、それは理屈では可能として、どうやって才人の来た時代で目覚めさせればいいのだろう? それを尋ねるとブリミルは自信たっぷりに答えた。 「心配はいらない。コントロールボックスはタイマー式に設定しなおしてある。ついでに、ミーニンの石を収めておけるだけのスペースがあるようにも改造済みだ」 いつの間に!? と才人は思ったが、それよりも宇宙人の送り込んできた装置を改造するなんてどうやって? そんな真似、いくら伝説の大魔法使いでも都合がよすぎる。 しかし、ブリミルは相変わらず、その質問に対してだけは貝のように口を閉ざしてしまった。 才人はじれったく思ったが、こればかりはどうしようもなかった。ブリミルたちがどこから来た何者であるのか? それを知れるのはいつかブリミルたちが本当に心を許してくれるときまで、待つしかできない。 ミーニンは岩に戻されて、この小城の地下に封印されることとなり、才人は急いで未来に当てた手紙をしたためた。教皇がハルケギニアの滅亡をもくろむ敵であること、始祖ブリミルがエルフとの共存をしていた温厚な人物であること、この時代を襲っている謎の敵ヴァリヤーグのことなど、自分が知っていることを可能な限り書き込んだ。 そしてついに別れのとき、才人はミーニンが子供たちとの別れを涙ながらに済ませた後、ミーニンに手紙を入れた小箱を託した。 「ミーニン、自分勝手なお願いだと思うけど、この手紙には、この世界の未来がかかってるかもしれないんだ。それと……またな」 才人はミーニンに再会を約束して、最後に握手をかわした。未来に行くミーニンと、いずれ自分が未来に帰れるときには再会できるはずだ。しかしそれならばミーニンを未来に送ることは無駄になるのではないか? いや、そうではない。才人は未来の世界のために、思いつく限りのあらゆる方法を試してみるつもりだった。 無駄に終わればそれでいい。しかし、何度もいろいろな方法を試せば、そのうちのひとつくらいは成功するかもしれないではないか? 人間がはじめて空を飛ぼうとしたときだって、ライト兄弟の成功に行き着くまでには数え切れないほどの試行錯誤と失敗の積み重ねがあった。まして、六千年の時間を越えて未来に帰ろうというのに、努力を惜しんでいて成功するはずもない。 と、そこで才人はコントロールボックスを設定しようとしているブリミルから尋ねられた。 「ところでサイトくん、タイマーは何年後にセットすればいいかな?」 「えっ? あ、しまった!」 才人は自分のうかつさに気づいた。始祖ブリミルの時代が『現代』から六千年以上前だとしても、自分のいる今が現代から正確に六千何年前ということがわからなければ意味がない。正確に自分の来た年代に設定しなければ、何十年何百年単位でズレてしまうだろう。 が、そんなことを調べる方法などあろうはずがない。この作戦は失敗かと、才人がとほうにくれたとき、サーシャが思いついたように言った。 「別に簡単じゃない。サイト、あんたが来たのって、あんたの年代で何年なの?」 「え? 確か、ブリミル暦六二四三年だったと思うけど」 「じゃあ今年がブリミル暦一年で決定ね。六二四二年後に合わせれば、あんたの時代につくわ」 「ええっ!? そんな、ちょっと!」 才人とブリミルはあまりにあっさりと決めてしまったサーシャに詰め寄ったが、サーシャは流れるような金髪をくゆらせて涼しい顔である。 「なに? 文句あるわけ? ほかにいい方法があるっていうなら取り下げるけど」 「い、いやぁ……でも、年号はもっとめでたいときに決めるものじゃあ」 「あんたの頭は年がら年中おめでたいでしょうが。別にいいじゃないの、増えはするけど減るものじゃなし」 なんか納得いかないが、サーシャの鶴の一声で強引に今年がブリミル暦一年に設定されてしまった。ブリミル教徒であるならば、ものすごく名誉な瞬間に立ち会ったことになるのだろうが、なんというかまるでありがたみが湧かない。 が、おかげで年代の設定の問題は解決した。なお、ここで設定を六二四二年後より少し少なく設定すれば教皇に飛ばされる前の自分たちに届いて歴史を変えられるかもしれないと思ったが、それだとこんがらがってしまうためにやめた。歴史を無為に変えてはならない。 ともあれ、これで問題はもうない。ミーニンはコントロールボックスの力で元の岩の姿であるガモダマに戻され、コントロールボックスに入れられて封印された。 「頼んだぜ、ミーニン……」 これで、ミーニンが目覚めるのは六二四二年後ということになる。才人はミーニンに困難な仕事を押し付けるような後ろめたさを感じたが、サーシャに「人生の選択を全部ベストにすることなんて誰にもできないわよ」と、励まされた。 そうだ、犀は投げられた。後は、希望を信じて次へと進む以外にできることはない。 才人は、最後にミーニンが見せてくれた無邪気な笑顔を思い出しながら、みんなのいる未来へと思いを寄せるのだった。 六千年という時間は長い。人は骨と化し、大地の形さえ変えてしまう。 だがそれでも、時を越えて希望の光はどこへでも届く。 ブリミルの設定したとおり、ミーニンは六二四二年の時を越えてアルビオンの地に蘇った。ブリミルの子孫、ウェールズの先祖たちはブリミルの遺産を守り続けてくれたのだ。 ウェールズはミーニンの持っていた手紙から、これが始祖ブリミルの時代から自分たちの時代へのメッセージであることを知った。そして、手紙の内容に愕然として即座にトリステインへと使いをよこし、知らせを受けてエレオノールやミシェルが急行し、すべてが真実であることを確かめたのである。 「これは、この手紙の入っていた箱のつくりは、これまで始祖の時代の遺跡から発掘されたものと一致します。これは間違いなく始祖ブリミルの時代に作られたもの……ミス・ミシェル、手紙の鑑定のほうはどう?」 「ああ、これは間違いなくサイトの字だ。あいつのヘタな字だ。わたしがたわむれに教えた、銃士隊の古い暗号文だ……サイト、お前、やっぱり生きてたんだな。それにしても、始祖ブリミルと友達になったなんて……お前、ほんとうにとんでもない奴なんだなあ……」 涙で顔を真っ赤に腫らしながらようやく言葉を搾り出すミシェルを、エレオノールは呆れたように眺めていたが、やがて彼女たちに同行してきた銃士隊員のひとりがハンカチを差し出した。 「副長、涙を拭いてください。サイトの奴は、ほんとうにたいしたやつでしたね。あいつは、どんなときでもみんなのことを思ってくれている。さすが、副長の惚れた男です」 「アメリー、ありがとう……そうさ、サイトが死ぬもんか。あいつは、あいつは誰よりも強くて優しい、ウルトラマンだ」 ミシェルは、自分も今日まで生きてきて本当によかったと思った。才人は生きていた。いまだに手は届かないところにいるけれども、こうして手を差し伸べてくれている。 ひざをついて感動に打ち震えているミシェルの頭を、ミーニンが骨のような手で優しくなでてくれた。ミシェルは顔をあげると、才人が六千年前にしたようにミーニンの手をぎゅっと握り締めた。 「ありがとう。ミーニンだっけな、よくサイトからのメッセージを伝えてくれた。見慣れない世界で戸惑っていると思うが、サイトの友達なら我々の仲間と同じだ。安心してくれ」 言葉は通じないが、ミーニンはミシェルの言っていることの意味は理解できているように、うれしそうに笑った。手紙にはミーニンのことをよろしく頼むとも書かれてあって、ミーニンはウェールズとの話し合いにもよるが、トリステインに連れ帰ってカトレアに預けるのが一番いいだろう。彼女なら、数多くの生き物を飼っていることだし、人柄も信頼できる。 それに、この知らせをトリステインにいるギーシュたち水精霊騎士隊にも伝えたらさぞかし喜ぶことだろう。後ろでは、銃士隊で一番のお調子者のサリュアがウェールズがいる前だというのに万歳して大喜びしているようだ。 だがウェールズは、エレオノールからあらためて詳細を伝えられて表情をしかめている。彼はあまりにも常識を超えた事態に驚きながらも、これからのやるべきことを冷静に考えていた。 「以前の私に続いて、今度はロマリアの教皇陛下が侵略者の手先になったというのか。確かに、ロマリアから布告された聖戦はなにかおかしいと思っていたが……やっと戦乱から解放されたばかりのアルビオンの民にはすまないが、なんとしてでも聖戦には反対せねばいけないな」 だが、再建途中のアルビオン軍でどこまでやれるものか。また、家臣や兵隊、国民たちに教皇が敵だということをどうやって納得させればよいものか……ウェールズがいくら国王とはいえ、すべての意思が通じるわけではないのだ。 アンリエッタが悩んでいたように、前途には大きな壁がまだ立ちふさがっている。それでも、乗り越えなければハルケギニアに未来はない。アンリエッタも才人からの手紙の内容を知れば、ウェールズと同調して必ず行動を起こすだろう。 と、そのときだった。ミーニンが、手紙の入っていた箱を指差してなにやら訴えているようなので、エレオノールが箱の中をもう一度丹念に探ったところ、底から奇妙な形の”あるもの”が出てきたのである。 「なによコレ……首飾り? でも、この紐といい、こんな奇妙な素材は見たことないわ」 エレオノールは、美しいとはおせじにも言えない首飾りのようなものを手にして首をかしげた。箱の中には同じものがふたつ出てきたが、どちらも見たところガラクタにしか見えない。 しかし、このガラクタのような首飾りこそ、才人がこの時代に当てたもうひとつの贈り物であり、切り札となるべきアイテムであった。首飾りと共に出てきた、その使い方を記したもう一通の手紙が読まれたとき、教皇の巨大な陰謀にひびを入れる蟻の一穴がこの世界に生まれる。 再び過去へと戻って、才人はブリミルとともに空を見上げていた。 「ミーニン、無事に未来につけるといいな」 「心配要らないさ、ミーニンは運の強い子だ。必ず君の仲間のもとにたどり着いてくれるよ。そうしたら、手紙といっしょに託したあれもきっと役立つだろう。僕とサーシャの自信作だ、きっと君の仲間の役に立ってくれる」 「はは、ブリミルさんもサーシャさんも、ノリノリであれ作ってましたもんねえ。でも、あれをうまく使ってくれれば、教皇の悪巧みもおしまいだぜ。女王陛下なら、きっとやってくれますよ」 アンリエッタ女王とはあまり親しいというわけではないが、何度もトリステインを救ってきた手腕と行動力は信じている。確実に届くように、文章の一部には銃士隊の関係者しか知らない暗号も混ぜたから信憑性も疑いないはずだ。 同封された才人とブリミルからの贈り物。それが使われたときに、ヴィットーリオとジュリオのすまし面がどう崩れるのか、まったくもって楽しみでならない。 けれどそれでも、才人の表情にはミーニンを案じている不安げな様子が残っていた。それに気づいたのだろう。ブリミルが、才人の背中をどんと叩いて励ました。 「こらこら、そんな顔してたらミーニンが安心して眠れないぞ。それに未来に届くまで、いつか僕らが死んで霊魂になってもミーニンを守ってやるから絶対大丈夫! さ、僕らには次の旅立ちが待ってる。ぐずぐずしてるとサーシャにどやされるぞ」 「はい! ようし、行きましょう。ハルケギニアは広いんだ。まだまだどこかに、おれたちを待ってる人がいるはずだからな」 「ああ……ところでサイトくん、君が未来に帰る方法なんだが」 「えっ? なんですって?」 「思い出したんだが、時空を超える能力を持つ、あの……いや、どこにいるかもわからないし、すまない聞かなかったことにしてくれ」 「なんですか? 変なブリミルさんだなあ。まあいいか、旅をしてればそのうちいいこともあるってね。それにルイズ、ルイズもきっとどっかの空の下でがんばってるはずだ。いつかきっと、きっと会えるさ」 才人は多くの仲間たちの最後にルイズの顔を思い浮かべた。そうだ、あの負けん気の固まりのようなご主人様が簡単にあきらめるわけがない。たとえこの世界にいなくても、どんなときでも無理やりにでも道を開いていこうとしてきたルイズのことを思い出すと勇気が湧いてくるのだった。 いつかの再会と、明るい未来を信じて、才人とブリミルはサーシャと仲間たちの待つキャラバンへと駆けていった。 信じる心に、時空の壁など関係ない。時を越えて、才人の思いは確かに仲間たちのもとへと届いた。 そして、次元を超えて旅する者がもう一組。 それは、才人たちが知るどの次元とも違うマルチバースのひとつの宇宙。そのどこかの惑星の上で、ひとつの戦いが繰り広げられていた。 『エクスプロージョン!』 虚無の爆発魔法の炸裂が空気を揺るがし、紫色の体色をした巨大怪獣に襲い掛かる。 怪獣の名前は、毒ガス幻影怪獣バランガス。身長八九メートル、体重十二万九千トンの巨体を持ち、体から噴出す赤い毒ガスを武器とする。 その強力な怪獣に、体の半分を焼け焦げさせるほどの大ダメージを与えた虚無魔法を放った者こそ、誰あろう? いや、ひとりしかいない。 「よくも今まで好き勝手やってくれたわね。でも、これ以上この星で暴れさせはしないわよ。覚悟しなさい」 桃色の髪を風になびかせながら杖を高く掲げ、ルイズの宣告がバランガスに叩きつけられた。 この星は、宇宙には数え切れないほどある地球型惑星のひとつ。特に自然豊かなわけでも、高度な文明があるというわけでもない平凡な惑星であるが、この星は今滅亡の危機にさらされていた。 バランガスは自分をガスに変えることでどこにでも出現し、好き放題に破壊活動を繰り返してきた。だが、それをようやく捉えることに成功し、ルイズの虚無で致命傷を与えることに成功した。 が、なおも自分をガスに変えて逃げようとするバランガスに、青い光芒が突き刺さる。 『ソルジェント光線!』 ガスに変わる前の実体に必殺光線を叩き込まれたのでは、いかにバランガスとてひとたまりもない。断末魔の咆哮を響かせて、巨体がゆっくりと倒れこむ。 勝利。そしてルイズの視線の先には、指を立ててガッツポーズをとるひとりのウルトラマンの姿があった。 「よっしゃあ! 見たかよルイズ、俺の豪速球ストレートを」 調子のよい口調で話しかけてくるのは、こちらも誰あろう。消息不明になっていたウルトラマンダイナだった。ルイズはそのダイナの自慢げな様子に、怪獣を逃げられなくしたのはわたしの魔法じゃないのと返して、ダイナもむきになって言い返して口げんかになった。 だが、何故ルイズとダイナが共に戦っているのだろう? それは、運命のいたずら……ただし、それを語る前に巨大な脅威が二人に近づいてきていた。 「だいたいルイズ、お前はいつもな! っと、そんなこと言ってる場合じゃなくなったようだぜ」 「そうね、アスカ……あんたと旅をしはじめてからしばらくになるけど、今度の相手はどうも格が違うみたい。背筋が震えるような気配がビンビン来るわ」 冷や汗を流したルイズとダイナの見ている前で、星の火山が巨大な爆発を起こす。その中から現れる、あまりにおぞましい姿をした超巨大怪獣。 誰も知らない宇宙で、全宇宙、ひいてはハルケギニアの運命につながる決戦が始まろうとしていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 悪鬼のごとき形相で迫るカメバズーカ。 「ぐっ!?」 それを迎え撃とうとするV3の全身に走る、高圧電流のような激痛。 思わず腰が砕けそうになるが、こんな状況で、膝を屈するわけにはいかない。懸命に大地を踏みしめる。 そんな隙だらけのV3の懐に、カメバズーカは一気に飛び込み、その勢いを殺さぬままに、二本の剛腕で、V3の首根っこを、握り潰さんばかりに引っ掴む。 「ちぃっ!」 しかしV3は、カメバズーカの勢いを利用して、柔道の巴投げの形で、怪人を後方に放り投げる。 大地にのけぞって倒れたV3。その彼によって、大地に転がされたカメバズーカ。 だが、そのままむくりと身を起こすカメバズーカを、予期せぬ攻撃が襲う。――彼の足元の地面が、いきなり爆発したのだ。 「がはっ!?」 衝撃波をまともに食らって、カメバズーカがすぐ傍の樹に叩き付けられる。 ルイズが、怪人の足元に転がっていた石に、『練金』をかけたのだ。 「くっ……、何をしやがったズ~カ~!?」 勿論、デストロンの改造人間からすれば、そんな程度の爆発など、物の数ではない。 だが、ルイズの放った、二発の『失敗魔法』の結果は、恐慌状態に陥っていた、キュルケ、タバサ、そしてフーケの、3人のトライアングル・メイジの精神に平衡をもたらすには充分だった。 (魔法が効いてる……? この化物には、魔法が通用する!?) いかに人に畏怖を撒き散らす“ばけもの”といえど、それと戦おうとする者がいる限り、人の心はいつまでも凍てついたままではいられない。『ともに戦う』という選択肢を投げ捨てて逃亡するには、この世界のメイジたちの気位は高すぎるのだ。 フーケが、怪人の足元に『練金』をかけ、両足を大地に埋め込ませる形で動きを封じ、 「今だよっ!!」 そのフーケの声に呼応するように、キュルケが『フレイムボール』を放ち、カメバズーカの甲羅を、紅蓮の炎に包み込む。 だが、それでも、怪人の表情が変わったのは一瞬だけだった。 「ズ~~カ~~、悪いがお嬢ちゃん、こんなヌルい火じゃあ、水ぶくれ一つ作れねえぜぇ」 ――が、その時、フーケが自分に残った最後の魔力で、キュルケの炎に巻き上げられた木の葉を“油”に錬成し、同時にタバサが、特大の『エアハンマー』をお見舞いする。 「なぁっ!?」 急激に、大量の油と酸素を補給された炎は、それこそ爆発的なまでの燃焼を引き起こし、カメバズーカの全身を覆い隠すほどの勢いを見せる。それは普通の人間なら、一瞬で気化してしまうほどの高熱だった。 「やるじゃないか、お嬢ちゃんたち」 「あんたもね、おばさん」 だが、そのキュルケの余計な一言に、フーケがブチ切れる暇さえなかった。 「よし、今のうちだ。全員、早くここから逃げるんだ! アイツは俺が引き受ける!!」 「なっ、何言ってるのよアンタっ!? ここまで来て、手柄を独り占めする気なのっ!?」 そのV3の台詞に、やはりと言うべきか、真っ先に反応したのは、ルイズだった。 さっきの二発の失敗魔法こそが、怪人への反撃の先鞭だったと思っている彼女にとっては、眼前の怪物を追い詰めているとおぼしき今の情況で、敵前逃亡する事は考えられない事だったからだ。 永年、『ゼロ』のレッテルを貼られ続けた彼女は、――無理からぬ事だが――それほどまでに、自らの汚名をすすぐ栄誉に貪欲だった。 「そうよカザミ、悪いけど、いまさらあの獲物を、あんたに譲る気は無いわ」 キュルケも調子に乗って、ルイズの尻馬に乗る。 「人を散々ビビらせておいて、蓋を開けりゃあ、とんだ張子の虎じゃないの」 このキュルケという少女は、こと虚栄心の一事に関しては、ルイズをさらに凌ぐ。 そして何より、自分をこれほど怯えさせた存在が、戦闘を開始してみれば、案外恐れるに足ら無かったという事実が、悔しくて仕方が無いのだ。 その思いは、何もキュルケだけではない。 「まったくね。これじゃあ、私としても、何で腰まで抜かして、こいつから逃げたのか分からないよ」 フーケもぼやくように呟く。 フーケにしても、眼前で、あっさり火だるまになっているカメバズーカを見て、拍子抜けした事は間違いないのだ。 タバサだけが、いまだ鋭い眼差しを怪人に注いでいたが、それでも、油断していないだけで、勝負はついたと判断しているようだった。 ――だが、それでもV3には分かっていた。 自分たち改造人間は、この程度のことで死ぬような、ヤワな存在ではない事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァ!!」 推定一千度以上の高熱で炙られ、完全に活動を停止したかに見えたカメバズーカが、突如、広大な森林に響き渡るような声を轟かせた。 「なっ……!?」 彼女たちは、先程までの余裕はどこへやら、その咆哮を聞いた瞬間に、顔色を失ってしまう。 そしてカメバズーカは、自らを包む巨大な炎球を、内側から弾き飛ばしたのだ。……かつてV3が、コルベール相手にそうしたように。 ――これほどの炎ですら、改造人間カメバズーカを焼き尽くす熱量には、至らなかったのだ。 「危ない!!」 カメバズーカが弾き飛ばした炎球は、一千度に及ぶ高熱を含んだ弾丸となり、四方八方に、放射状に撒き散らされる。 もしV3が、とっさに盾にならなければ、彼女たちは、その炎球破裂の余熱だけで、黒コゲになって即死していただろう。 「きゅいっ!!!?」 数cm大の小さな炎が、仰向けにひっくり返って気絶していたシルフィードを、叩き起こす。だが、その程度の火傷で済んだのは、この風竜にとっても、果てしない幸運だったと言えるかも知れない。 カメバズーカが撒き散らした、高熱の火炎弾は、周囲の木々を一瞬にして火だるまにし、その炎は瞬く間に、燃え広がっていったからだ。 それほどの高熱をまともに浴びたV3である。 いま、怪人から攻撃を喰らえば、例え彼といえど、無事には済まなかったであろう。 だが、カメバズーカとしても、全くの無傷というわけではない。 鱗状の人工強化皮膚は、ところどころ焦げ付き、焼けただれ、ぞっとするような傷痕を晒している。 「ズ~~~カ~~~」 口から、ごほっと黒煙を吐くと、カメバズーカはガクリとよろめいた。 (いま……だ……!!) V3は、怪人と同じく、焦げ痕の残る自らの肉体を引きずりながら、渾身の鉄拳を、硬い皮膚によろわれた、そのほおげたにめり込ませる。 カメバズーカは、悲鳴すら上げられず、暗い森の奥に殴り飛ばされていった。 (くぅぅ……っ) 膝を着きそうになるのを、かろうじてこらえ、V3は振り返る。 「もう一度言うぞ……お前らでは、あいつと戦えない。ここは俺に任せて……逃げろ!!」 「カザミ……」 「――聞け」 V3は、言葉を続けた。 「あの怪人――カメバズーカの体内には、爆弾が仕込まれている。――それも、ただの爆弾じゃない。核爆弾だ」 「かく……爆弾……?」 タバサが未知の単語に反応し、眼鏡を嵌め直すが、フーケはその言葉に思い当たっていた。 「それって、まさか、ガンダールヴの坊やが言っていた――ゲンシ爆弾とかいう……?」 「そうだ。爆発すれば、半径数十リーグ以内の物は、何もかも吹き飛ぶ。何もかも、だ」 「うそ……でしょ……?」 キュルケが呟くように訊き返すが、V3が冗談を言っていないことは、その語調の空気からして、歴然であった。 「今すぐ魔法学院へ飛んで、Mr.オスマンに伝えるんだ。大至急、学院にいる全ての人間を退避させろ、と。分かったな?」 顔面蒼白になりながらも、タバサは頷く。 それを確認すると、V3は彼女たちに背を向けるが、 「待ちなよっ!!」 フーケが、その背中を、怒鳴るように呼び止めた。 「私たちはドラゴンで逃げる。それはいい。でも、アンタは……どうする気なんだい?」 「あいつは俺の――“仮面ライダー”の敵だ。お前らの手を煩わせるわけにはいかない」 その場にいた全員が、その言葉の正確な意味を理解できなかったであろう。だが、この異形の両者の間には、余人には計りがたい深き因縁が存在するのだろう。それだけは分かった。 「ヴァリエール」 「えっ――?」 「平賀に、……優しくしてやってくれ」 目だけで振り向いて、そう答えると、V3は、カメバズーカを殴り飛ばし、転がっていった方向に走り出し、姿を消した。――ルイズには、その背中が僅かだが、寂しく微笑んだような気がした。 「カザミィィィッ!!」 ルイズの叫びを合図としたように、紅蓮の炎に染まる森の奥から、バズーカ砲弾の爆音が響く。 それは、人間には介入できない、改造人間同士の戦闘開始の号砲であった。 ――ズキンっ!! カメバズーカに、地面に放り投げられ、脳震盪を起こしかけていた才人は、ようやく眼を開けた。手首から走る鋭い痛みが、気付け薬代わりになったようだ。 指は――動く。かなりの痛みを伴う事に変わりは無いが、それでも、骨は折れていないようだ。 その事実を、才人は暗澹たるショックとともに受け止める。 改造人間のパワーを以ってすれば、カルシウムの足らない現代人の骨など、文字通りひとひねりだったはずだ。にもかかわらず、おれの右手は無事なままだ。 何故だ。 ――考えるまでも無い。疑問の余地すらない。余りに単純明快な、その答え。 「風見……さん……」 体を起こす。 それに気付いたルイズが、こっちに駆け寄ってくる。 「サイト! 無事だった!? ケガは無い!?」 そんなわきゃねえだろ、と思いながらも、脂汗を流しながら、かろうじて笑って見せる。 「良かった……!」 「ルイズ」 「取り敢えず……取り敢えず、撤退するわよ。こんなところでグズグズして、カザミの志を、無下にするわけにはいかないわ」 「ルイズ」 「急いで! カザミは言っていたわ! あの“ばけもの”が自爆したら、魔法学院さえ巻き込むほどの大爆発を起こすって!! だから――」 「見捨てるのか? ――風見さんを」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズのからだは凍りついた。 「風見さんは、お前にとっても“使い魔”の一人だろう?」 「……」 「そんなあの人を、見捨てるのか?」 そう問い掛ける才人の、射抜くような瞳をルイズは、真っ直ぐに正視することは出来なかった。 「……かっ、カザミは……カザミは死なないわっ!! サイトだって知っているでしょっ!? アイツはただの人間じゃない。それに……」 「だからって見捨てるのかっ!?」 「ただ見殺しにするんじゃないわっ!! 今こうしている間にも、あの“ばけもの”が自爆するかも知れないのよっ!! 一秒でも早く私たちは、学院に帰って、みんなを避難させなきゃならないのっ!! それに――」 「いま、ここにいても、私たちに出来ることはない、――か?」 才人に台詞を奪われて、ようやくルイズは彼に向き直った。――駄々をこねるな、と言わんばかりの目で、少年を睨み返す。 「――そうよ。悔しいけど、あの“ばけもの”を相手に戦えるのは、カザミだけ。私たちじゃない。だから私たちは、私たちに出来ることをするしかないの」 「きゅいきゅいっ!!」 むこうで、シルフィードが呼んでいる。 「なにやってるの二人ともっ!! 早く来なさいっ!!」 キュルケが焦れたように叫んでいる。 そう、こんな無意味な口論をしている暇は無い。 一刻も早く、ここから脱出しなければ、純粋に命が危ないのだ。 そんな事ぐらい、才人にも分かっている。 核爆発の威力の凄まじさは、世界唯一の被爆国民たる平賀才人が、この場にいる誰よりも承知しているからだ。 だが、それでも、……釈然としない。あの二人を置いて、自分たちだけおめおめと逃げるなんて出来るわけが無い。特に、彼の“記憶”を知ってしまった以上は。 「ルイズ、確かにお前の言う事は正しい。でも……やっぱり納得できねえ」 「何言ってるのよサイトっ!? 私たちに、他に出来ることがあるわけ――」 「戦いを止めさせる」 「なっ……!?」 「おれが二人を止めて見せる。そうすれば、何も起こらず、誰も死なずに済む」 ルイズには、この使い魔の少年が、もはや何を言っているのか分からなかった。 普通の人間が、まさに怪物同士というべき、あの二人の間に入って、どうやって戦闘を止めさせることが出来るというのだ。 「何ふざけたこと言ってるのっ!! あの“ばけもの”が説得の効く相手だと、本気で思ってるの!? 巻き込まれて、犬死にするのが関の山じゃないのっ!!」 「“ばけもの”って言うなっ!!」 そう叫んだ才人の目は、純粋なまでに真っ直ぐな目をしていた。 ギーシュのゴーレムに、瀕死の重傷を負わされても立ち上がり、カメバズーカ相手にナタ一本で立ち向かおうとした時の、――あくまでも退く事を知らない眼差し。 ルイズは知っていた。 この眼をした才人には、もはや一切の理屈は通用しないという事を。 「あの人は……好きでバズーカや甲羅を背負ってるわけじゃねえんだ。――あの人は」 「サイト……」 「あの人は……人間だ」 言い切るように言うと、才人はそのまま、少女を置いて駆け出した。 二人の改造人間が戦う――いまや炎が逆巻く、紅蓮の森に。 カメバズーカが撒き散らした炎は、いまや瞬くうちに延焼を重ね、月下に森厳と静かにあるはずだった森林は、まるで昼間のように明るかった。しかし、樹木を照らすのは日輪ではない。さながら煉獄のような白熱の炎である。 才人は、ハンカチで口元を覆い、煙を吸い込まないようにして、走った。 もし、こんな山火事の中、方向を見失ったら最後、確実に自分は死ぬだろう。カメバズーカの自爆や、森の延焼に巻き込まれるまでもない。一酸化炭素中毒で、あっさり窒息してしまうはずだ。 だが、それでも、才人には確信があった。 自分が、間違いなく風見の――V3のいる方向に向かっている事を。 そして、自分が話せば、二人が戦うことの無意味さを、必ず理解してくれるであろう事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 カメバズーカがV3を、燃え盛る大木に叩きつける。 その衝撃で、稲妻に打たれたように、巨木が縦に真っ二つになるが、そんな程度の攻撃で仮面ライダーが動けなくなるとは、怪人も思ってはいない。――当然V3本人も。 ダメージが残る重い身体を、意地だけで動かし、迫り来るカメバズーカのみぞおちに、前蹴りを返す。 よろめくカメバズーカに、さらにジャンプからのキックを見舞うが、一瞬走った激痛が、半呼吸ほど隙を作ってしまう。怪人は身を翻し、躱されたV3の蹴り足が大地を抉る。 「くっ!」 ――正直、このコンディションでは、格闘戦はキツイ。 V3は、そう思わざるを得ない。 だが、殺意だけで活動しているような、今のカメバズーカを相手に時間を稼ぐためには、近接戦闘が一番確実なのだ。 こいつに考える間を与えてはならない! もし、こいつが通常の“怪人”としての思考を取り戻す余裕を与えれば最後、いつ自爆という確実な手段に出るか分からないからだ。 その時だった。 「――やめろぉぉっ!! 風見さんも平田さんも、もう止めてくれぇぇっ!!」 パーカーのあちこちから、いや頭髪からも白い煙がくすぶらせ、才人が血を吐くような叫びを上げていた。 「ひ、らが……!?」 「小僧……!?」 次の瞬間、V3は反射的に動いていた。カメバズーカから才人を庇う位置に。 「馬鹿なっ!? 何故お前がここにいる!? 俺の戦いを無意味なものにする気かっ!!」 「……ええ、無意味な戦いです。だから、おれはここに来たんです」 そう言うと、才人は、V3の背からすり抜けて、二人の中間地点にに立った。 V3もカメバズーカも、眼前の少年の意図がまるで分からず、呆気に取られている。 「平田拓馬……昭和XX年X月X日生まれ。アマチュアレスリング・フリースタイル、全日本選手権優勝二回。世界選手権優勝一回、準優勝二回」 「おい……小僧……!!」 カメバズーカの顔から表情が消える。 「その後、靭帯を傷めて現役引退。平成XX年、XX大学レスリング部に顧問として招聘を受ける」 「――何のつもりだ……小僧……!!」 カメバズーカの背が震える。 「その3年後、同大学非常勤講師の某女性と結婚。同年、妻との間に長男・拓也誕生。その翌年現住所に自宅購入。その翌年……」 「小僧ぉぉぉっ!!」 もはや、カメバズーカの声は、絶叫と化していた。しかし才人は、いささかもたじろぐ事無く、そんな彼を真っ直ぐ見つめたまま、最後の一言を発する。 「――デストロンに誘拐、身柄を拘禁され、第一次改造人間計画候補素体とされる」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 カメバズーカは膝を着き、耳を塞ぎ、まるで本物のカメのように小さくなってしまっている。 V3は、そんな“敵”の姿を見て、呆気に取られていた。 「平賀……お前がいま言ったのは……?」 「風見さん」 「……本当なのか。洗脳が……?」 才人が、頷く。 「ここにいる方は、もう“怪人”ではありません。人の記憶と意志をもった人間です。デストロンという秘密結社が、このハルケギニアに無い以上、お二方がこれ以上争う必要はないはずです」 「……」 V3には信じられなかった。 ショッカーやデストロンといった暗黒組織の科学力はダテではない。 やつらが施した“脳改造”という名の洗脳固定は、改造人間本人の生存本能よりも更に上位に、組織の価値を置く。つまり脳改造を受けた者は、いわば、組織という名の宗教の殉教者になるということだ。 それほどの洗脳が、そう簡単に解除されるはずが無い。それになにより、このカメバズーカは自分の存在を確認した瞬間、問答無用で襲い掛かってきたではないか。 だが、そう思う一方で、やはり才人の言う事も一考の余地はあると思っている。 自分とて、召喚される前は半壊していたはずのダブルタイフーンが、復元していたではないか。洗脳によって破壊された、改造人間の自我も復元しないとは、誰が言い切れる? 「確かに……」 カメバズーカは、顔を上げた。 「俺の名は、平田拓馬……俺自身、ほとんど忘れかけていた名だがな……」 「じゃあ、やっぱり、――洗脳は解けていたんですね?」 「ああ。お前が、俺の前で意地を張っているのを見て、その時ようやく気付いたんだ。……自分の記憶が戻っている事にな」 それを聞いて、才人は、顔をほころばせた。 あの時、自分を嬲るように、右腕を捻り上げたカメバズーカが、そのまま才人の手首をへし折らなかったのは、やはり、人としての意識が回復していたからだ。 「だったら、……だったら、もう止めましょうよ! これ以上二人が戦う意味なんて無いじゃないですか!?」 「悪いが……それだけは無理だ」 カメバズーカは、そう言うと、さっきまでと同じ、殺意にまみれた目で、V3を睨んだ。 「コイツは、俺を殺した……俺自身の仇の片割れなんだ。絶対に、許せねえ……!!」 才人は失望しなかった。 カメバズーカの、その答えは、半ば予想できるものだったからだ。 しかし、それでも確認は取れた。もはやここには、組織に狂信的な忠誠を尽くす、“怪人”はいない、と。それが分かっただけでも、充分だった。 だから才人は、この場を静める最後の賭けに出た。 ポケットから、さきほど砕け散ったナタの一部――といっても、かなり大きな破片だったが――を取り出し、自分の首筋に当てた。 「平賀……?」 「――おい、小僧……何の真似だそりゃあ?」 「見た通りの眺めですよ」 才人は、緊張で、頬を引きつらせながら、 「平田さん……あなたの恨みや怒りはもっともだと思います。……でも、でも、それでも敢えてお願いします。――おれの首に免じて、この場は矛を収めてください!!」 「小僧……!!」 「おれに、あんたたち改造人間を腕ずくで止める力は無い。でも、せめて……覚悟ぐらいは……あんたらにも……!!」 そう呟くと、少年は唇をかんだ。 「くっ……」 「ふふっ……」 「くははははははっ!!」 「くっくっくっ……!!」 才人がぽかんと口をあける。 それはそうだろう。いくら何でも、仮面ライダーと怪人が、並んで笑い合っている光景は、視聴者として育った少年には、シュールすぎる“絵”だったからだ。 ひとしきり笑い終えると、カメバズーカは全身から煙を噴出し、見る見るうちに、――人間の姿になった。 筋骨隆々の、体格のいい、五十代の男に。 「まったく、度胸だけは一人前だな、小僧」 「平田さん、――あんた……!!」 V3は驚かない。 ハンマークラゲやテレビバエ、マシンガンスネークといった怪人たちも、人間形態への変身機能を備えていた。ならば、このカメバズーカに同じことが出来たところで、驚くには値しない。 おそらく、この男こそが、改造人間カメバズーカの、世に在るべき、本当の姿なのだろう。 しかし、同じく変身を解いた風見志郎に、男――平田が向けた眼差しは、先程と変わらぬ鋭いものであった。 「今日のところは、小僧に免じて見逃してやる。――だがV3、いつか必ず、俺は貴様と決着をつける。それだけは覚えておけ……!!」 そう言い捨てると、男は才人に、優しい、だがそれ以上に寂しい目で笑いかけ、そのまま森の奥に姿を消した。 燃え盛る炎が渦巻く、金色の森の中へ。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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ひぐらしリレーSS① くすくす。気づいたかしら? ここは舞台。あなたは役者。 いい物語を期待しているわ。 参加者 秋香
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ラ・ロシェールの街は、アルビオンとトリステインを繋ぐ港町として栄えているが、元々は戦争のために作られた砦であった。 現在は宿として使われているが、この街一番の宿『女神の杵』亭は砦を改装した店だと言われ有名である。 ふだんは旅行客と船乗りを相手にするラ・ロシェールの酒場も、神聖アルビオン帝国との戦いを目前に控えた現在、客層は兵士・傭兵・人夫・商隊がほとんどであった。 娼婦達も稼ぎ時だとばかりに馴染みの酒場へ出かけ、客をとっては宿へ行き、金のない者は倉庫で済ませ、あげく人気のなさそうな路地へと引き込むものもいる。 そんな娼婦達にも、近寄るべきではない場所というものがある。 たちの悪い盗賊や人攫いが、寂れていそうな酒場に集まると、すぐに女達の噂となり、ごく自然にその一角から姿を消していく。 彼女たちはお互いが商売敵ではあるが、互いの境遇から来る同情心と、身を守るための仲間意識を捨てた訳ではないのである。 だからこそ、女たちの近寄らない酒場の裏手から、華奢な女が出てくるというのは、同業者にしてみれば異常な光景なのであった。 (嫌な視線ね…) ルイズは自分に向けられた視線を気にして、フードの端をつまみ深く被り直した。 とぼとぼと夜の街を歩きながら、自分がここに来た理由を思い出していた。 (表面上は平和でも、裏通りは油断のならない街だわ) ラ・ロシェールを警備する衛兵達は、衛兵と自警団だけのは治安の維持に限界があると考え、市内の管理を任されているメルクス男爵に改善の措置を訴えていた。 しかし、提出された嘆願書はもみ消された。 アルビオン人(戦争前にアルビオンから疎開した者、戦時にアルビオンから逃げ出した者)と旧来のラ・ロシェール住民の間に、意図して対立を深めようとする第三者の行動があると分かっていながら、それを無視するのがどうにも不可解であった。 また、着の身着のままアルビオンを脱出した者は、行き場もなく飢えに苦しんでいる。 ウェールズの纏める亡命政権が、旧来のアルビオン民と連絡を取り合い救済に奔走しているが、食料も場所も用意できてはいない。 奴隷商人や人さらいの餌食になっているのが現状であった。 傭兵もまた、雇われたからといって、命令通りに戦うとは限らない。 商人と結託し、トリステイン軍の内情をアルビオン帝国に売ろうとする者も出てくるだろう。 最悪、補給線の崩壊もありうるのだ。 ラ・ロシェールの街は補給を行う上で重要な拠点だが、王宮の目が行き届かない場所でもある。 アンリエッタは戦争を機に、ラ・ロシェールに信頼できる銃士隊を送り込んで監督をさせようかと思ったこともあるが、ウェールズが反対した。 船乗りの集まる街の気風は、ウェールズのほうがよく知っている。 少しでも疑問があるなら念入りに調査するべきだが、監督という名目では現地の人間と軋轢を生むのは得策ではないと忠告した。 マザリーニもそれには同意見だが、どの貴族も戦争の準備で忙しい上、銃士隊も魔法学院の警備・訓練で手一杯。 魔法衛士隊やトリステイン軍を使って内偵を進めるにも、顔が広い貴族がいてはやりにくい。 なので、ルイズがこの件に興味を持ったのは渡りに船であった。 (それにしても、やっぱり、話し相手が居ないと寂しいわね) ルイズは無意識のうちに、今は背中にない鞘の感触を確かめようと背後に手を回していた。 (お父様が時々呟いた言葉、今ならよくわかる) ルイズの記憶には、父であるヴァリエール公爵の言葉がこびり付いていた。 『兵を食わせなければならない』単純だが、自分が生き血を必要とするように、普通の人間には食事が必要だと再認識すれば、その言葉はとても重くなる。 貴族・国家が集めた傭兵の数は膨大であり、食料の確保だけでも一つの事業と言える。 『まず食糧、次に人数』 そう言ったのは父だろうか、父と話している誰かだろうか、はっきりとは思い出せないが、とても重要な言葉だと思えた。 ずっと昔に父や、近しい人から聞いた話が今頃になって重要な話しだと解る。 おそらく自分が魔法学院に残っていたら、この記憶が引き出されることも無かっただろう。 皮肉にも父親から離れて初めて、父母や家庭教師の何気ない言葉が、大切な知識だと思えてくる。 でも、ウェールズやアンリエッタよりずっと自分は幸福な気がする。 たとえ会えなくても、家族は元気でやっているのだから。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ラ・ロシェールの朝は早い。 北側の岸壁は朝焼けで赤く染まり、反射光が街中を優しく照らしだすと、夜を生きる人々は眠りにつき、昼を生きる人達は仕事の準備をする。 日が昇るにつれて人通りが多くなり、店の軒先には果物や野菜が並び始めた。 街道沿いの店で、今日最初の客がリンゴを買う、客はラ・ロシェールは初めてなのか、桟橋の場所を店主に聞いて店を離れていく。 店主は、今の客は旅慣れているようだが傭兵には見えない、貴族でないメイジかもしれない等とくだらない想像をめぐらして見送る。 そんな朝のひとときに、本日一軒目の事件が起きた。 「おう!こいつ、俺にぶつかって財布を盗もうとしやがったぞ!」 「なに、ふざけるな!」 店主が声の方を見ると、大柄で色黒の男が、身なりの良い男の腕をひねりあげている姿があった。 多くの人はこんな光景に慣れており、またスリが出たか、最近は特に多いな、と思う程度だった。 「それにしても身なりのよさそうな奴がスリなんてなあ、その服を売れば多少の金になるのに」 「おい、また泥棒が出たのか」 「またアルビオンの奴らか」 「いや、どうもそうじゃあないんだ、同じ奴が何度もやられたって叫んでるらしい」 「なんだそりゃあ」 どこからともなく聞こえてきたその噂は、静かにラ・ロシェールの街で広まっていった。 衛兵の詰所は世界樹に近い高台にあり、街道沿いの壁を繰り抜いて作られている。 奥には倉庫、牢屋、そして見張り台に通じる階段があり、そこからラ・ロシェールのほとんどを見下ろすことができた。 朝から見張りを続けている衛兵は、岸壁に映る影の角度から昼飯が近いのを知る。 そろそろ交代の時間だ、ようやく休憩だ、昼飯だ。と考えながら後ろの階段を見た。 丁度良く交代の衛兵が上がってくる、今日も時間ぴったりだなと言って、弓矢を壁際のテーブルに置いた。 「おいアルヴィン。交代だぞ」 「やっとか。今日は騒がしいみたいだな」 「さんざん騒がれたスリが、ついさっき捕まった。仲間割れを起こして何人か殺してるらしいぞ。休憩してる暇はなさそうだな」 「げえ、何て日だ。戦争も近いってのによう」 「早くいけよ、隊長にどやされるぞ」 「へいへい」 アルヴィンと呼ばれた衛兵が階段を降りると、詰所の正面に人だかりができているのが見えた。 入口前の歩哨が「見世物じゃないぞ」「さあ散った散った、通行の邪魔だ」と言って人だかりを散らしている。アルビンは興味なさそうに詰め所の奥へと入っていき、とっとと硬いパンを食べることにした。 詰め所の一番奥には牢屋があり、今しがた逮捕された男は手枷をはめられて牢屋に放り込まれている。 その目前には見張り用のテーブルと椅子があり、衛兵隊の隊長は銃士隊の女に椅子を譲って、事情を聞いていた。 隊長は白髪混じりの髪を後ろで纏めた初老の男性で、顔にはナイフで切られたような傷もあり、傭兵団の隊長と言われても違和感のない厳しい顔をしている。 銃士隊の女性は、戦えるとは思えない華奢な体付きをしているが、男を軽くひねり上げる実力はたった今証明されたばかりである。 「ご協力に感謝いたします。まさか銃士隊の方に来ていただけるとは思ってもいませんでした」 「成り行きとはいえ、これも仕事のうちよ」 この男を逮捕したのは銃士隊のロイズ(ルイズ)である、衛兵隊の隊長は逮捕の一部始終を聞いて呆れ返った。 銃士隊であるロイズをスリ呼ばわりしたので、股間を二三度蹴り上げて昏倒させ、衛兵の詰め所に連行してきたらしい。 うつろな目で宙を見ている犯人は、よほど強く蹴り上げられたのか、文句ひとつ言わず牢屋へと連行されていた。 「銃士隊の方が逮捕してくださるのは有難いですが、我が衛兵隊の不甲斐なさが露呈したようで大変申し訳無いことです。この男が根城にしていた酒場で死体が見つかりましたが、あなたが逮捕してくれなければ逃げられていたかもしれません」 「こいつがドジなだけよ、さっさと逃げずに欲をかいたのね」 「まったくです」 ところで隊長さん…ラ・ロシェールは衛兵が足りていないと聞いているわ。その点、どうなの?」 「おっしゃるとおり、自警団と協力しておりますが、平民ばかりでは限界があります」 「伯爵には訴えなかったの?」 「ラ・ロシェールは、メルクス男爵が実質的に統括しておられます。何度か窮状を訴えましたが、考え過ぎだとか、桟橋の警備で手一杯だと言われまして」 「それは…」 「人も金も足りないのは分かっているのです。しかし、現実にこういった争いが積み重なって、暴動に発展する恐れがあります、それだけは避けたいのです」 隊長の表情からは、苦労がにじみ出ていた。 「隊長さん、あなたにとっては大変つらい知らせだと思うけど…」 ロイズ(ルイズ)は、銃士隊である自分がここに来た理由を説明した。 衛兵たちが達が提出した嘆願書に応じてこの街に来たのではなく、嘆願書が破棄されていると報告があったので内偵に来た。 王宮へ届く報告書は『貴族の手で安全を維持され、万全である』という内容だが、この矛盾は何であるのかを調べるという。 場合によっては街の治安に関わるメルクス男爵の内偵も進めると聞き、衛兵隊長は両拳を握りしめて、悔しさに耐えていた。 「直属の上司たる男爵に疑いがあっても、我々には直接どうすることもできません。どうか、この街のためにも、真実を明らかにしてください」 「…あなたは、ずっと衛兵を? 失礼かもしれないけど、あなた言葉に品があるわ。執事の経験があるみたい」 「私の父はメイジの傭兵団で身辺の世話をしていました。私も父の手伝いをしていたので、よく可愛がられたものです。言葉遣いはその頃に習いました」 「だから嘆願書を書くなんて知識があったのね」 「ええ。傭兵団が解散した時、故郷であるこの街に戻って来ました。父は報告書を書くのに役に立つと言われ衛兵になり、私も同じ仕事しようと思っていました。この街は、私と父の思い出で溢れているのです」 「……そうなの」 ロイズ(ルイズ)は何か心に感じるものがあったが、それが何なのか言い表せなかったので、余計なことを考えないようにと表情を固くした。 「ええと、それじゃ、そろそろロバートって子を預かっていくわ」 「はい、あの子にも悪いことをしました」 「ねえ隊長さん。 …ロバートが財布をすったって話、信じたの?」 「言わないでください。私も、悩んだのです」 パンをかじっていたアルヴィンは、奥の部屋から隊長が出てきたのを見て、どっこいしょと椅子から立ち上がり敬礼をした。 「隊長。アルヴィンです。見張りをコーラスに引き継ぎました」 「ご苦労、しばらく休んだらリック達と『金の酒樽亭』に”掃除に”行ってこい」 「掃除…つーと、あのボロ酒場でまた?」 「喧嘩じゃないぞ。奥の倉庫で五人死んでる、盗賊の仲間割れだ。ひどい有様だよ」 「うへえ。了解しやした」 飯を食ったあとに死体を片付けるのは嫌だが、仕方がない。 「そういや、誰か捕まえたって話で?」 「ああ…それはな」 と、隊長が言いかけた所で、奥の扉が開き、フードを被った女が少年を連れて牢屋から出てきた。 「ほら、ロバート。胸をはりなさい。あんたの疑いは晴れたんだから」 「……」 女が少年の背中を軽く叩くと、少年は歯を食いしばりながらも、目の前に立つ隊長を見上げるようにして胸を張った。 「君の疑いは晴れた、もう行ってよろしい」 隊長がぶっきらぼうに告げると、女は不満気に腕を交差させた。 「あら、隊長さん、それだけ?」 「それだけ…とは? あ、いや、そうだったな。ロバートの名誉を回復することをここに宣言する。後ほど君が厄介になっている酒場へ行き、改めて説明させてもらおう」 「隊長さんはそう言ってるけど、あなたはそれでいい?」 女が少年の顔を覗き込むと、ロバートは汚れた袖で涙を拭う。 「いい、早く帰りたい」 ロバートはそう呟くと、ぐっと両手を握りしめた。 「…じゃ、後のことは任せるわ」 「はっ」 敬礼で二人を見送ると、隊長はふぅと息を漏らした。どうやらかなり緊張していたらしい。 「隊長?今の女はいったい?」 ためらいつつも、好奇心に負けたアルヴィンが聞く。 「ああ、あんまり本人に聞こえるようなところで言うなよ、ありゃ女王陛下直属の銃士隊だ。俺たちがちゃんと働いているか見に来たんだとさ」 「そりゃまた、厳しいことで」 アルヴィンが軽口を叩くと、隊長はふと思い出したように呟いた。 「そうだな、アルヴィン、これから話すことを休憩中にでも仲間に伝えてくれ。巡回中にもこの件について質問されればなるべく答えるように」 「へい」 「、アルビオン難民ならびに疎開民と、ラ・ロシェール市民の対立を目論んでいたらしい。ラ・ロシェールを荒らすよう雇われていると自白した」 「今のやつがですか」 「何者かに金貨で雇われたらしいが、その取り分で仲間割れを起こして『金の酒樽亭』に死体が転がってる。さっきの女は銃士隊の一員で、この件には偶然関わったんだと」 「なるほどねえ、この街にもアルビオン帝国の間諜が入り込んでるってことですかい」 「そうなるな。手口は、いわゆる狂言スリだが、なにせ被害者の数が多い、銃士隊からは『被害者の名誉回復に努めよ』ときつく命令されたよ」 「わかりやした」 アルヴィンは、道理で隊長のしかめっ面がいつもより厳しいはずだ、と納得して詰め所の仲間のもとに向かった。 隊長はそれを見届けると、緊張が解けたのか自然と深呼吸をしていた。 「つれぇなあ」 隊長は、誰に言うでもなく呟いた。無性にエールを飲みたい気がした。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「ロバート!よく帰ってきたねえ、ほんとうに大変な思いをさせたね。お腹が空いているかい?すぐ何か作ってやるよ」 酒場の女将がうれしそうに目元をほころばせて、ロバートを抱きしめた。 ロバートは少し苦しそうだが、決して嫌そうではない。 「おばさん、苦しいよ。このお姉さんが屋台で買ってくれたから、食べ物はいいよ」 「ああ、ごめんよ。つい嬉しくてねえ。あんたもよくやってくれた。銃士隊のロイズさまさまだ、今日はいくらでも飲んでおくれ」 ルイズは自分がロイズと名乗っているのを思い出しつつ、女将の豪快な言葉に苦笑した。 「これも仕事のうちよ。まだやることがあるから夕食は遠慮するわ」 「食べて行かないのかい?そんなんじゃ筋肉はつかないよ」 「ややこしい用事があるから、また時間のあるときに来るわ。ロバートもその時また会いましょう、元気でね」 女将から解放されたロバートがルイズを見上げる。 「おねえちゃん、ありがとう。でも、俺だけじゃなくて、もっと嫌な思いをしてる奴が居るんだ。俺はコーラのおばちゃんを知ってたからいいけど、友達は、どこに行ったかわかんない。わかんないんだ」 ルイズは、思わずロバートの前に跪いて目線を合わせた。 「私はそれを調べに来たの。もし、あなたが知っていることがあれば、教えてくれない?」 「……人買い」 「人買い?」 「この街の、東の山間にある貴族の家、あそこに出入りしてる奴、人買いなんだ。絶対そうだ、あいつら、アルビオンから逃げてきた俺達を捕まえてるんだ」 「その話、もっとよく聞かせて」 ルイズの目付きが鋭くなったのを、女将は見逃さなかった。 「ロバート、その前にあんたは体を拭いて、着替えてきな。鼻声で何言ってるか分かりゃしないよ」 「う゛ん」 「ノミが付いてたら困るから、ちゃんと洗うんだよ」 ロバートはぐしっ、と鼻を袖で拭うと、酒場の奥へと駆け込んでいった。 「悪いね。この話は、あたしから先に伝えておこうと思ってね」 女将はいつの間にかワインを開けて、ルイズと自分の分を準備していた。 客の居ない酒場で、丸いテーブルの上に置かれたワインがふわりと香った。こんな酒場にあるのが不思議な上物のワインだとも分かる。 「一杯ぐらい飲みなよ」と言って女将が勧めるので、ルイズは酒の価値に気づかないふりをしつつワインを口に含んだ。確かに上物だった。女将なりの御礼なのだろう。 「本当はね。銃士隊だからといって信じられなかったんだ、あたしたちのためにロバートを取り返してくれるのか、どんな手で取り返すのか、それが疑問だった。悪いね疑い深くて」 「本当ならアニエスに来て欲しかったんでしょう? 銃士隊としてではなく、友人として聞いて欲しい話があった。違う?」 「その通りさ。そのへんを理解してくれると助かるよ。」 「…で、そこまで用心深くなる理由は?」 ルイズがそう聞くと、女将は神妙な顔つきになって、小声で話しだした。 「まず聞くけど…ロバートは狙われたのかい?それとも偶然に疑いをかけられたのかい?」 「偶然、よ。狙われる理由でもあるの?」 「ロバートと同じ時期に疎開してきたアルビオン人には子供もいたが、身寄りがなくてね、この街の実験を握ってるメルクス男爵の屋敷に連れていかれたのさ」 「男爵の屋敷に…どうして」 「仕事ができる場所や孤児院を紹介するって名目で連れていかれたのさ。だけどロバートは見ちまった。男爵の屋敷から、アルビオンで見た奴隷商人が出てくるのをね」 「それって、男爵と奴隷商人が結託してるって事?」 「ああ、その通りさ。ロバートはその子らに会って、ここから逃げようと説得したんだが、衛兵に追い出されてねえ。それから数日して、逮捕されたわけだから、あたしゃ肝を冷やしたよ」 「そういう事情があったのね…」 「あたしは、傭兵上がりってだけじゃ信用できなくてね。お偉い貴族に雇われていい気になる奴を見てきた、だから」 「アニエスに紹介された銃士隊といえど、すぐには信用しなかったって訳ね」 「悪いね」 「それぐらいの用心、アニエスなら『当然だ』で済ませるわよ」 ルイズは笑って答えると、ワインを飲み干した。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 夕方。 世界樹に停泊しているトリステイン軍の軍艦内では、トリステイン軍の軍議が開かれていた。 大型戦艦の中に設置された会議室では、教導士官、技術士官、軍参謀など、二十名ほどが集まり、物資搬入が予定通り行われているか、人員は、将軍はいつ乗艦するのかと報告を受け、最終的な打ち合わせをしている。 その中には、レキシントン号の艦長を務めた、サー・ヘンリ・ボーウッドの姿もあった。 彼は上官の命令に従い、反乱軍として王党派と戦ったが、トリステインとの戦いに負けて捕虜になった男である。 教導士官には相応しく無いという声もあったが、トリステインはアルビオン空軍の戦略、戦術を知る必要があった。 ウェールズ皇太子とはじめとするアルビオン亡命政権と、アンリエッタ女王陛下の助言、そして本人の強い希望により、ボーウッドは教導士官に任命されたのである。 もちろん皆が納得するわけではなかった、「敗軍の将は何をお考えですかな」と皮肉を込めてボーウッドに質問する将校もいた。 しかし打てば響くように、ボーウッドは軍務関係の質問であれば難なく答えてしまう、豊富な経験に裏打ちされた知識は、士官達の関心を引き、尊敬の念すら抱かせたのだ。 護衛として壁際に立つワルドも、ボーウッドの言葉には学ぶものがあった。 彼の上官が無能でなければ、トリステインは前回の戦で負けていただろう……素直に、そう思えた。 その日、月が高くなる時間になって、ようやく軍議が終わった。 士官達は、ラ・ロシェールの駐屯地に戻って行ったが、ボーウッドだけはラ・ロシェール領主から晩餐会に招かれ、領主の屋敷で宿泊することになっている。 晩餐会に出席させてやるから軟禁は我慢しろ、という意図があるのだが承知のうえである。 ボーウッドはワルドと共に馬車に乗り、屋敷へと向かっていった。 コツコツと蹄の音が、ガラガラと車輪の音が聞こえる馬車の中で、ボーウッドはふとワルドの顔を見た。 静かに馬車の外を見つめ、自分のことなど気にしているとは思えなかった。 「気になりますかな」ワルドが呟く。 「気にならぬといえば嘘になる。…正直に言えば、貴公とこのような形で同席するとは思わなかった」 「同意見です。見る者が見れば、おかしな組み合わせだと思うことでしょう」 ワルドは無表情で答えているが、どこか自嘲気味に見える。 「…祖国を裏切った者同士という事かね」とボーウッドが聞く、ワルドは今度こそ自嘲気味に笑った。 「はは、慣れませんか」 「慣れないな」 少しの間、がらがら、がらがらと馬車の音だけが響いた。 「私も、正直に言えば慣れません。しかし…」 「しかし?」 「裏切るよりも、辛い生き方を知りました。裏切り者として祖国の貴族から非難されても、大した事ではないと思えたのです」 「なるほど」 すこし間があって、膝に肘をつくようにしてワルドに顔を近づけたボーウッドが、重々しく声を出した。 「これは…私の個人的な興味として、聞いてみたいのだが。君は最初から二重スパイだったのか。それとも途中で?」 「後者です」 ワルドは躊躇わずに答えた。 それが予想外だったのか、ボーウッドの目に一瞬動揺が浮かんだが、すぐに気を落ち着けて背もたれに体を預けた。 貴族は名誉を重んじるが、名誉のためならば多少の不都合は目をつぶるという一面もある。 彼と、トリステインと、レコン・キスタの間にどんな関わりがあったのか、どんな理由があって彼が今の立場にいるのか、そんな事を聞いても正直に答えてくれるはずはないのだ。 「…余計なことを聞いたな」 「いえ」 それから間もなく、ボーウッドとワルドを乗せた馬車が、ラ・ロシェール伯の別邸へ到着した。 ラ・ロシェールは港という性質上、王宮が直接統治している土地であり、ラ・ロシェール伯爵はある種の名誉職として扱われている。 何百年も前に、トリステイン大公の別荘として立てられた宮殿を現在でも用いて、ラ・ロシェール伯の別邸として利用されているのである。 馬車が門をくぐり抜け、庭園を超えて正面玄関に到着すると、魔法衛士隊のマントを着たワルドが馬車から降り先導を務めた。 表情には出さないものの、晩餐会に招かれた貴族の中にはワルドを嫌うものもいる。 トリステインを裏切り、仲間を殺した男である以上、蔑むような視線は当然だろう。 晩餐会は立食の形式で行われた、ラ・ロシェール伯の挨拶が終わると、ボーウッドは空軍関係者に親しげに声をかけられて、歓談に興じた。 船上では、上官の命令に過不足なく答えることが唯一絶対であると聞いたが、そういった気風はトリステインもアルビオンも変わらぬらしい。 歴戦の勇士であるボーウッドは、間違いなく尊敬を集めているようだ。 「お客様、本日はガリア産のリキュールと、タルブ産のワインに良いものがございます」ワルドはふと、その言葉が自分に向けられたものだと気づいた。 銀製のトレイを持ったメイドに酒を勧められるなど久しぶりだが、ボーウッドの護衛と監視があるので酒は飲む気がしない。 「酒はいい。果実を絞ったものはあるか」 「赤いオレンジが冷えております、他にも…」 「それでいい」 「かしこまりました」 不思議と、飲み物をもらうだけの会話で、少し気が晴れる気がした。 「…僕に話しかけてくれるのは、メイドだけか」 カタカタとデルフリンガーが揺れ、ワルドだけに聞こえるような声でつぶやく。 『遍在じゃなく、自分が嬢ちゃんのところに行けば良かったんじゃねーか?』 「僕も今それを考えてた所だ」 デルフリンガーが人間なら、やれやれと言って首や手を振っていただろう。 『やれやれ、嬢ちゃんもおめーも、難儀な性格だ』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 時を同じくして、ラ・ロシェールの酒場では、釈放されたロバートを一目見に自警団が集まっていた。 「ロバートの疑いが晴れた!ラ・ロシェール万歳!トリステイン万歳!アルビオン万歳!」 「「「「「おおーーー!」」」」」 女将のコーラは「自警団全員が酔いつぶれちゃ困るよ!」と怒鳴るものの、うれしさは隠しきれていない。 自警団の団長は服飾の卸をしている初老の男性で、仕事でも見回りでも革製のエプロンを愛用している。ぷはぁエールを飲み干し、自警団の仲間たちを一括した。 「おい!酔っ払うのは後だ、見回りに出るぞ!」 「へい!」「おう!」「もう一杯!」「さあ行くか!」 自警団の面々は気合を入れると巡回に出発し、酒場は急に静かになってしまった。 「コーラ、ロバートの疑いが晴れたのは嬉しいがよ。この街でアルビオン人とトリステイン人を喧嘩させようって企ては終わっちゃいねえ、これから酷くなるかもしれねえ」 「わかってるよ、この酒場が狙われるかもしれないってんだろ?いざとなればこの子だけでも逃がすよ」 「安心しな!そんな事はさせねえ、何かあったらすぐ俺達にも連絡がくるように、今夜から酒場への巡回を増やす。なにか怪しいことがあったらすぐ伝えてくれ」 「頼りにしてるよ」 この街で、お互い古くからの付き合いがあるのだろう。団長と女将の間には信頼関係が見えた。 ロバートが「おっちゃん、ありがとう」と言うと、団長はロバートの頭に優しくてを乗せた。 「おっちゃん達がおめえ達を守ってやるから、安心しな。おめえの友達も、見つけたらちゃんと教えてやるからよ、な」 「うん」 ロバートの返事に気を良くしたのか、団長ははははと笑って、巡回に出た仲間たちの後を追って出ていった。 自警団と女将のやりとりを聞いて、酒場の奥を借りているルイズが感心のため息を漏らした。 「ずいぶん仲がいいのねえ、酒場って、厄介な人も来るけど、こういう人も集まるのね」 「旅行者も盗賊も、アルビオンに向かうのならこの街を通るからな。強い結束でよそ者を排除する必要があるのさ」 相槌を打ったのはワルド、もっとも彼は今晩餐会に出席しているので、ここにいるのは風の遍在である。 二人は木箱の上に座り、一日の出来事を報告しあった。 「私が捕まえたのは金で雇われた盗賊よ、誰に依頼されたかは探れそうにないわ。その代わりロバートって子から、目当てに近い話を聞けた。…メルクス男爵の屋敷に人買いが出入りしてるそうよ」 「本当か?だとすれば、早くそのことを知りたかったな。今僕は晩餐会に出席しているから、聞き耳を立てるには調度良かったのだが」 「晩餐会?」 「レキシントンの艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドが教導士官に任命されたのは知っているだろう。ラ・ロシェール伯が彼を招いたんだ」 「…ふうん。自領を攻撃した戦艦の艦長でしょう?晩餐会に招いて暗殺なんて、よくある話よ」 「可能性は無いと言い切れないが…ボーウッドは他の士官にも一目置かれ、この戦いの鍵を握るといっても過言ではない。伯爵も暗殺されては困ると理解しているさ」 「実際、あなたの見立てでは、どう?」 ルイズの質問に、ワルドはあごひげを撫でながらううんと唸った。 「…勉強になる。これが素直な感想だよ」 「いいなあ。私も勉強したいかな」 勉強したい、というルイズの言葉から、寂しげな雰囲気を感じたが、余計なことを言って気にさせるのも悪かろうと思い、聞かなかったふりをした。 二人が黙ってしまうと、酒場から聞こえてくる喧騒がやけに響く気がした。 「…ねえワルド、ちょっと考えたのだけど、私って子どもっぽいでしょう?」 「子供ではないよ。君は十分に大人だ。ミ・レイディ」 「いじわる。それじゃ子供扱いじゃない。でも今回はそれが役に立つと思うの。孤児として屋敷に入り込むなんて、いいと思わない?」 「しかし、病気の有無ぐらいは調べるだろう。男爵は水系統のメイジだと聞いているし、君の体のことが…」 「たぶん大丈夫よ。考えはあるから」 「ならいいんだが」 「心配、してくれるのね。ありがと」 「ああ」 「そうだ…せっかくだから、乾杯しましょ」 「次は本体で飲みたいね」 二人は話を終えると、安物のグラスで乾杯した。 ルイズは念のため、ワルドに酒場の警備を頼むと、自身は酒場の二階から抜け出してある場所へと向かっていった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 町外れにある通路は、獣道と見紛うような細い道となり、雑木林の奥へと続いていた。 ここまでくるとラ・ロシェールは巨大な岩山にしか見えない。街の灯は隠れ、見上げても世界樹はちょうど岩陰になっている。 この場所が隠されている理由はすぐに分かるだろう。 林立する石碑や、乱雑に置かれた石、そこら中に立てられた杭、そして鼻を突く腐臭…。 そう、ここは行き倒れや、身元の分からぬ者が埋められた共同墓地である。 「おうぅうう、おおお…」 幽鬼のような唸り声を上げて、墓場を徘徊する女がいた。 「どこ、どこにいるの」と弱々しく呻いては、石をひっくり返そうとしたり、手で地面を掘り返そうとしている。 エプロンは泥で汚れ、指先はぼろぼろに荒れていた。 「あううあああ、ああああああ」 四十前の彼女は、飢えと涙とで顔をくしゃくしゃにして、まるで老婆のような顔をしている。 この地に埋められた子供を掘り返そうとするが、手に力が入らない。 諦めてまた泣くが、すぐにまた地面に指を伸ばす。 それが延々と続けられていた。 「お父さんはどこに行ったの、エリーはどこにいるの、エリー、えりぃいいい…」 正気ではない女の背後に、ゆっくりと近づいていく。 小声でルーンを詠唱し、消すべき記憶を定めて、杖を向ける。 「…忘却」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「ああ、エリー、ここにいたんだね!ここにいたんだねえ、ああ、エリー、おおお…」 女は、娘を抱きしめて泣き出した。 女はひとしきり泣くと、娘の顔を月あかりに照らして、泥だらけになった顔を拭おうとした。 「…お母さま」 「ああ、エリー、よく顔を見せておくれ、泥だらけになっているよ」 そう言って子供の顔を拭おうとするが、女の手についた泥がつくばかりで、かえって顔を汚している。 「お母様こそ泥だらけよ、ねえ、もっと暖かい所へ。もっと明るいところへいきましょう」 「そうだねえ、明るいところへ行こうねえ、お前の文だけでもパンを貰ってくるから、もう少し我慢しておくれ」 「ありがとう、お母様。でも、お母様こそ食べて欲しいの」 「優しいんだねえエリーは、いいんだよ、私はお腹いっぱいだから…」 「お母さま…」 親子は手をとりあって、街へと歩いていった。 あとに残るのは、カラスの鳴き声と、掘り返されたエリーの遺体。顔のない遺体。髪の毛と顔が剥がされた娘の遺体。 「お母様、この街の男爵様が私たちを助けてくれるそうよ。きっと二人分のパンをくださるわ、行きましょう」 月明かりの中。仮面を被ったルイズのほほえみ、まさしく娘の微笑みだった。 ======================== 今回はここまでです。
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十四話 最終戦争の一端 赤色火焔怪獣 バニラ 青色発泡怪獣 アボラス 岩石怪獣 ネルドラント 毒ガス怪獣 エリガル 古代暴獣 ゴルメデ 噴煙怪獣 ボルケラー 透明怪獣 ゴルバゴス 登場! 古代遺跡から発掘されたカプセルから蘇った、怪獣バニラ。 才人とルイズはウルトラマンAへと変身し、これを迎え撃った。 しかし、強靭な肉体とメタリウム光線をも防ぐ火焔を持つバニラの前に、エースはエネルギーを使い果たして倒れてしまう。 バニラの吐き出す火焔に包まれるウルトラマンA。 この、悪魔のような大怪獣を倒す方法は、はたしてあるのだろうか…… 「うわぁぁっ……」 バニラの火焔が作り出した山火事の中に、ウルトラマンAは沈んでいった。 かつて、ミュー帝国の街を蹂躙したであろう紅蓮の業火と同じ炎の中が、容赦なくエースを焼き尽くそうと燃え盛る。 このままでは、確実に死んでしまう。エネルギーが尽きかけたエースは、最後の手段をとった。 「ヌゥゥ……デュワッ!」 横たわるエースが、腕を胸の前でクロスさせ、大きく開いた瞬間、エースの体が白色に輝いた。 ちかちかと、光は燃え尽きる前のろうそくの炎のようにエースを包んでまたたく。そして、最後にわずかにまばゆく 発光したかと思われた瞬間、エースの姿は炎の中に溶けるように消えてしまった。 怪獣バニラは、勝利の雄叫びをあげるとくるりときびすを返した。燃え盛る森を背にして、いずこかの方角に去っていく。 後には、轟音をあげて燃え盛る森と、炎から逃げ惑う鳥や動物の悲鳴だけが残される。 ウルトラマンAは、死んでしまったのだろうか……? いや、そんなことはない。エースが倒された場所から、数十メートル離れた森の中に才人とルイズが横たわっていた。 あの瞬間、エースは残された最後の力を使って、変身解除と同時に二人をわずかな距離ながらテレポートさせて 炎から救っていたのだった。 しかし、バニラの起こした山火事の勢いはなおも衰えず、二人の倒れている場所にも次第に迫ってきた。 雨はなおも降り続いているが、炎はそれに反抗しているがごとく天高く黒煙をあげ、二人を狙ってくる。 生木を枯れ木同然に焼き、下草を燃やしながら炎は獲物を狙う蛇のようにうごめき、とうとう二人は火災の 中に取り残されてしまった。 業火の中、死んでしまったかのように、ぴくりとも動かず横たわる二人。 飲み込まれれば、人間など骨も残さず焼き尽くされてしまうだろう。 だがそのとき、炎から一つの影が浮き出るように現れ、その異形のシルエットを二人にかぶせていった。 一方そのころ。まだ異変の発生を知るよしもないトリスタニア。 遺跡を飛び立ってから、およそ二時間後。王宮において、アンリエッタに謁見したエレオノールは、 自身を呼び出したアンリエッタ王女から、耳を疑う知らせを受けていた。 「ルイズが伝説の虚無の系統? そんな、信じられませんわ」 単刀直入にアンリエッタの口から語られた真実を、エレオノールは最初信じようとはしなかった。しかし、 軍の正式な報告書に記された、想像を絶する魔法の炸裂と、水晶に浮かび上がったその映像。そして、 冗談などでは決してない、真剣な表情のアンリエッタの説明が、エレオノールに曲げようのない事実を 突きつけていた。 「信じられないのは無理もありません。わたくしも、今日まで虚無とはなかばおとぎ話だと思っていました。 ですが、現実はこのとおりであり証拠も揃っています。わたくしも考えましたが、ルイズの姉であり 優秀な学者であるあなたしか信用できる人はいないのです。どうか、信じていただけないでしょうか」 「ちょ、ちょっと待っていただけませんか! ルイズが、あのちびルイズが虚無? あの、あの……」 普段の彼女の凛々しさからは考えられないほど、エレオノールは狼狽していた。もはや、仕事中に 呼び出された不満も吹き飛び、頭の中は許容量を超えてしまった情報で混沌と化している。その末に、 目眩を起こして倒れかけたところへ、慌てたアンリエッタに抱きとめられた。 「エレオノールさま、大丈夫ですか!? お気を確かに」 「はっ! こ、これは無礼をばいたしました。どうか、平にご容赦くださいませ」 どうにか正気を取り戻したエレオノールは、謁見の間での失態に顔を赤くして謝罪した。 普段冷静な彼女だが、頭がいいことが災いして、自分の知識の及ばない出来事が起こると脳がフリーズ してしまうようだ。平謝りし、どうにか気を取り直したエレオノールは、頭の中で聞かされた事柄をまとめると、 自分に言い聞かせるようにアンリエッタに向かって復唱していった。 「……つまりは、ルイズがこれまで魔法が使えなかったのは、その系統が虚無ゆえで、あの子には聖地を エルフから取り戻すという使命が与えられたというのですね?」 「祈祷書に記されたとおりなら、そのとおりです」 「馬鹿げてるわ! 始祖ですらできず、数千年に渡って負け続けてきたエルフとルイズが戦わなければ ならないですって!? 悪い冗談にもほどがありますわ。姫さま、まさか貴女はルイズを旗手に聖地奪還の 戦を再開なさろうとしているのでありませんでしょうね? もし、そんな愚考をしておられるようなら!」 「落ち着いてください! まだ、そうなると決まったわけではありませんわ。ルイズの意思は確認しましたし、 わたくしも彼女に聖地を奪還させようなどと考えてはおりませぬ」 つかみ掛かってきそうなくらいいきり立つエレオノールを、アンリエッタはたじたじになりながらも必死に抑えた。 ルイズとともに、ヴァリエール家との付き合いは長く、エレオノールとも小さいころから何度も会っているが、 この気性の強さと迫力はいまだになかなか慣れない。 「はあ、はあ……申し訳ありませぬ。わたくしといたしたことが取り乱してしまいました」 「いえ、ご家族の人生に関わることです。怒られて当然ですわ。ともかく、この事実を知っているのは、 ルイズの友人数人とわたくしと、お姉さまのほかにはおりませぬ。しかし、虚無の存在を知れば、 今おっしゃられたとおりに悪用しようともくろむ輩も出てくるでしょう。実際に……」 シェフィールドと名乗る謎の人物に狙われていることを語ると、エレオノールは再び怒りをあらわにした。 けれど、アンリエッタから「ことがことだけに、わたくしも表立って助けることができません」と、苦悩を 告げられ、敵からルイズを守るためには虚無の謎を解き明かさねばならず、信用できて且つそれができるのは 貴女しかおりませんと頼まれると、自分の肩にかけられた荷の重大さを悟った。 「わかりました。微力ながらお引き受けいたしましょう」 「ありがとうございます、エレオノールさま」 「いえ、いくら出来の悪いとはいえ、妹のことを他人にはまかせられませんわ。わたくしを頼っていただけたことに、 こちらこそ感謝いたします」 二人は手を取り合って、それぞれ感謝の言葉を述べ合った。 「さあ、では具体的な話に入りましょう。指令をいただけても、今のままでは自由に動けませんわ」 それから二人は、これからのエレオノールの権限などについて話を進めていった。現在、アカデミーの研究員、 学院の臨時教諭と掛け持ちをしているが、これに虚無の調査も加えたらとてもではないが身が持たない。 だが、話がまとまらないうちに、突然謁見の間の扉があいさつもなしに開かれた。 「何事です?」 あらかじめ、ここには呼ぶまで誰も入れるなと人払いをしていたはず。なのに何か? まさか、今の話を 盗み聞きされたのではと二人が振り向くと、なんとずぶ濡れの騎士が蒼白の表情で駆け込んできた。 「ほ、報告……トリスタニア東方、三十リーグの森林地帯に……あ、赤い怪獣が出現。迎え撃ったウルトラマンを 倒して、トリスタニア方面に進行中」 「なんですって! ウルトラマンを、倒して!?」 想像もしていなかった報告に、アンリエッタは愕然とした。彼は、ミイラを追っていた魔法アカデミーの騎士の 一人だった。あのときミイラに撃ち込まれた『ライトニング・クラウド』によってバニラが復活し、その猛威から 命からがら逃げ延びた彼は、すべてを見た後でここまで駆けてきたのだった。 「怪獣は、あと数時間でトリスタニアまで到達するでしょう。は、早く手を……うぁ」 騎士は、息も絶え絶えの状態で、絞り出すようにそう報告すると倒れた。 「しっかり! 誰か、誰か!」 気を失った騎士にアンリエッタが駆け寄り、呼び起こしながら侍従を呼んで医者を手配させた。すぐに 宮廷の従医が呼ばれ、彼を担架に乗せて運んでいく。さらに、怪獣が接近していることが明らかになったので、 直ちに迎撃の準備を命ずる。今のトリスタニアは、結婚式典のために大勢の人間がやってきている。 市街地への侵入を許したら大惨事になるのは必然だ。 そしてエレオノールは、報告を持って来たのが魔法アカデミーの雇い騎士だったこと。現れたのが、 赤い怪獣だという内容から、一つの仮説を導き出し、全身の血が引いていく音を聞いていた。 「しまった……ヴァレリー!」 様々な思惑と錯誤、謎と現実が交差しながら、時の流れは残酷にその歩みを止めない。 場所を戻し、激しい戦いのおこなわれたあの森に舞台は返る。 一時は天にも届くほどの勢いで燃え盛っていた山火事も、天からの恵みには屈服し、炭と化した木々が 薄い煙のみを吐いている。その一隅の、雨を避けられるある場所に、才人とルイズは並べて寝かされていた。 「う、ぅぅ……」 かすかなうめきと、吐息が二人がまだ生きていることを如実に示している。しかし、怪獣バニラとの戦いで 大きなダメージを受けた二人は、いまだ無意識の世界……暗く、生暖かい不思議な空間の中をさまよっていた。 ”おれは……いったいどうしたんだろう” 浮いているような脱力感と、激しい疲労から襲ってくる眠気に耐えながら、才人の意識はただよいながら考えていた。 そこは、ぼんやりとものを考えることはできるけれども、体を動かすことはできない。例えて言うならば、 春の日差しの中でうたたねしているみたいな、夢と現実のはざまのような世界。そこで、夏の波打ち際に 体を預けているような心地よい感覚に、才人は身を任せていた。 「おれは……いったいどうしたんだろう」 もう一度、才人は同じことを思った。いや、もしかしたら一度だけでなく何度も同じことを考えていたのかもしれない。 現実感のない世界で、才人にできるのは考えることだけだった。いや、起きようと頭では思うのだけれども、 意識が現実に覚醒することがない。疲労で深い眠りについているというよりも、なにかの力で夢の世界に 閉じ込められているような、そんな気さえする。 ここは、強いて言うなら変身している際に、三人で意識を共有している精神世界と似ているような気もする。 しかし、エースなら不必要に二人の心に干渉するわけはない。ならば何故? と思っても、それを考えるだけの 思考力は得られない。 ふと、才人はこの精神世界の中に自分以外の誰かがいる気配を感じた。とはいえ、すぐに相手のほうから 呼びかけてきたから、確認する手間ははぶけた。 「サイト?」 「ルイズか?」 不思議なことに、二人とも意識がはっきりとしていないのに、相手の存在だけははっきりと理解することができた。 それが、自分たちが肉体と意識を共有しているかはわからないけれど、二人にとってはどうでもよかった。 寄り添うように手と手を重ねると、二人は安心したように力を抜いた。 互いのことを感じあえるところにいることで、緊張を失った二人の心は無意識のさらに深くへと沈んでいく。 ところが、閉じ行く意識の中で、才人とルイズの目の前に突如現れたものがあった。 「あれ、は……?」 ぽつりと、唐突に現れたそれを、二人は閉じかけた心のまぶたを開いて見た。沈んでいく水底のような世界の中で、 海底に沈んだ一粒の真珠のように、小さな、しかしはっきりとした光がはげますように二人の前に現れていた。 「なにかしら、きれい……」 消えかけた意識の中で、ルイズは自然に光に手を伸ばしていた。あの光からは、どこか懐かしいような、 どこかで見たようなそんな不思議な感覚がする。さらに、才人の意識もルイズにひきずられるように、二人は 手を握り合い、いっしょになって落ちていった。 「深い……サイト、わたしたちどこまで沈んでいくの」 「心配するな。どこまでだって、おれがお前についていってやる」 自分たち以外に誰もいない世界で、才人ははげますようにルイズの手を握った。 ひたすら、深く、深く。二人の心は沈んでいく。 光は、どれほどの深さがあるのか知れない深淵の底から、しだいに輝きを強めていく。 もうすぐ見える……期待と不安とが入り混じる。二人は、まもなく到達するであろう精神世界の最深部で、 何かの正体を見極めようと目を凝らす。そして、輝きを放っていたものがなんであるかに気がついたとき、 同時にそれの名前をつぶやいていた。 「始祖の……祈祷書?」 見間違えるはずもなく、それは始祖の祈祷書そのものだった。表紙の汚れも、破れ具合もすべて見覚えがある。 そして、祈祷書が間近にまで見えるようになったとき、ルイズの脳裏に不思議な声が響いた。 「呼んでる……」 「ルイズどうした? 呼んでるって、誰が?」 「わからない。けど、祈祷書がわたしを呼んでるの」 自分でも不可思議なことを言っているとはわかっている。夢の中だとしても、おかしいといわざるをえない。 でも、聞こえたことを否定する気にはならなかった。低い、おちついた大人の声で「来い」と言われた。 聞き覚えはないけれど、どこか懐かしいようなそんな声……わからないけれど、祈祷書を持てば、その答えが わかるような気がする。 「サイト……」 「お前の好きにしろ。どうしようと、おれはそれでいい」 わずかなためらいを、才人の言葉でぬぐい払うと、ルイズは祈祷書に手を伸ばした。触れたとたん、指先から まばゆい光があふれて二人を包み込んでいく。 「わあっ!?」 あまりのまぶしさに、二人は思わず目をつぶろうとした。しかし、ここは精神世界であるから、まぶたはあるようで 実は存在しない。光はさえぎるものなく二人の世界を白一色に染め上げ、やがて唐突に消えるとともに、 二人の目の前がさあっと開けた。 「これは……砂漠?」 突然現れた風景に、二人は周囲を見渡しながらつぶやいた。 今、二人は広大な砂漠地帯を見渡す空の上に浮かんでいた。 しかし、吹きすさぶ風も照りつける熱射の熱さも感じることはない。どうやら、自分たちはこの場所では幽霊の ようなものであるらしいと当たりをつけると、才人はルイズに尋ねた。 「ルイズ、ハルケギニアにこんな砂漠があるのか?」 「いえ、ハルケギニアに砂漠なんてないわ……いいえ、正確にはハルケギニアにはないけれど、そのはるかな 東方の世界には、サハラと呼ばれる大砂漠地帯があるはず。ここは、多分」 タバサまではいなかくても、様々な史書を読み漁ったルイズの知識の中でも、このような光景は他には 考えられなかった。サハラ……聖地に通じる、エルフの住まう場所。数千年の長きに渡って、聖地を奪還 せんものとする人間とエルフの果てしない抗争の続いた地。 はてしなく広がる砂の地には、人の影ひとつ、虫一匹の姿すら存在せず、ただ砂丘と吹き荒れる砂嵐のみが 擬似的な生命のように動き回っている。まさにこれは死の世界と呼ぶにふさわしい光景。 無の世界に戦慄する二人の見ている中で、景色は急速に流れ出した。砂漠をどんどん超え、地平線の かなたへと景色が進んでいく。まるでジェット機から地上を見下ろしているかのようだ。 やがて、砂漠が途切れて緑の山や平原が見えてくる。ここがサハラだったとすると、あれが恐らくは ハルケギニアか? ルイズはハルケギニア全土の地図を思い出し、サハラに隣接する場所に当たりをつけた。 「きっと、あれはガリアのどこかよ。人間とエルフは、ガリアの東端を国境線にしているの」 ルイズの説明に、才人もなるほどとうなづいた。二人の見下ろす先で景色はさらに流れ、砂漠から 草原や山岳地帯へと入っていく。このまま進めば、どこかの町も見えてくるだろう。そう二人は考えた。 しかし、結果からすれば、二人の思ったとおりに町……人の住んでいるところはすぐに見えてきた。 ただし、それは二人の想像していたものとは似ても似つかない形で現れたのである。 「サイト! ま、町が」 「怪獣に襲われている!?」 凄惨としかいえない光景が二人の前に広がった。 町が……いや、町だったと思われるところが怪獣によって破壊されていた。それも、一匹や二匹ではない。 少なく見ても五匹以上の怪獣が、せいぜい人口千人くらいの町を蹂躙している。 火炎や熱線が建物を炎上させ、元の町の姿はもう見受けることはできない。当然、人間の姿もどこにも見えない。 「ひどい……」 「くっ! こんなことになってるのに、この国はなにをやってるんだ!」 思わず怒鳴った才人の声も虚しく、二人の体はどんどんと流されていく。山を、川を飛び越えて山麓に 広がる次の町が見えてくる。赤い炎と黒い煙とともに。 「ここでもっ!? 怪獣が」 その町も、同じように怪獣によって蹂躙されていた。ざっと見るところ、街を破壊しているのは二匹、 全身が岩のようになっているのは透明怪獣ゴルバゴス。口から火炎弾を吐いて街を焼いている。 ドリルのような鋭い鼻先を持っているのは噴煙怪獣ボルケラー。口から爆発性イエローガスを吐き、 街の建物をけり壊している。 町は先程の町と同じように業火に覆われ、元の姿をうかがい知ることはできない。 けれど、ここでは先の町とは明らかに違う点があった。町は無人ではなく、まだ大勢の人間がいた。 ただし彼らは炎や怪獣から逃げるでもなく、その手には槍や剣、それに杖があった。彼らは二つの陣営に 分かれて、それぞれが相手に武器を向け合っている。 「戦争をしてやがる……」 それしか考えられる答えはなかった。そこにいる人間たちは、全身を覆う分厚い鉄の鎧に身を固め、 武器をふるい、魔法をぶつけあって互いを倒して炎の中へと放り込んでいく。目を覆いたくなるような、 大規模な凄惨な殺し合いの風景。それは、戦争と呼ぶ以外に表現する術はない。 だが、怪獣が暴れているというのに人々はそれには目もくれずに、ひたすら戦い続けている。そういえば、 ゴルバゴスやボルケラーは町は壊すものの、地上で戦う人間たちには目もくれていない。いや、そうではない と才人は二匹の行動を見て思った。 「怪獣たちも戦っている、のか」 町の惨状に幻惑されていたが、両者は確かに戦っていた。火炎弾やイエローガスの撃ち合いだけでなく、 ゴルバゴスの岩のような腕がボルケラーを打ち据え、負けじとボルケラーも風の音のような鳴き声をあげて、 巨大なハサミ状になった腕でゴルバゴスを締め付ける。 その怪獣同士の激闘は、町をさらに無残な状況へと変えていく。 「あいつら、やりたい放題じゃない」 「ああ……だけどなんであの二匹が……ハルケギニアだとはいえ、あれらは戦うようなやつらじゃないのに」 才人は、普通なら戦うことになるはずのない二匹が戦っていることに、大きな違和感を感じていた。 ゴルバゴスは山中に潜み、体を擬態して獲物を待つ怪獣。対してボルケラーは火山地帯に生息し、 大半は地底にいる怪獣、生息地が大きく違う上に、どちらも人里に下りてくるような怪獣ではないのだ。 「ねえサイト、あの怪獣たちの後ろにいるやつら、何かしら?」 「え? なんだ……あいつら」 ルイズに言われて目を凝らした才人は困惑した。二匹の怪獣の、それぞれ後ろに一人ずつ人間が立っていた。 そいつらは、戦っている人間たちが鎧兜などの重装備をしているのに対して、まるで休日の街中を散歩する ような軽装で、怪獣に向かってなにやら手振りしているように見える。 「もしかして、怪獣を操っているのか……?」 「まさか! 人間にそんなことができるわけが……」 ない! と言い切れない事例をこれまでに二人は嫌というほど目にしてきていた。よくよく見てみれば、 声は聞こえないものの、軽装の人間は兵士たちに向かってなにやら指示をしているようにも観察できる。 ならばあれが指揮官かということは容易に連想することができた。 しかし、怪獣を操って戦争の道具にするなどと、そんな恐ろしいことを……いや、宇宙人が地球を攻撃する ための手段として怪獣を使うのは、誰もが知っている常套手段である。ならば当然、兵器としての怪獣同士での 戦争などは、地球以外の星からしてみれば当たり前のことなのかもしれない。 ただ、状況は奇異につきた。あの、怪獣を操っているものが人間であれ宇宙人かなにかであるにせよ、 人間の軍隊までも率いて戦争している理由がわからない。怪獣どうしの戦闘のすぐ横で、槍や剣を使った ”普通”の戦争がおこなわれているアンバランスさ。それに、ルイズも確認してみたのだが、兵士たちは トリステインはおろか、アルビオン、ガリア、ゲルマニアのどの軍隊とも装備が違っていた。少なくとも、 今のハルケギニアの兵士は竜騎士など一部の例外を除いて、全身鎧などという化け物じみた装備を使わない。 目の前で起きていることの答えを見つけられぬまま、二人はさらに空を流されていった。飛びゆく先の空は、 夕焼けを悪意の色で塗りなおしたかのような、凶悪な赤で染まっている。それを見下ろせる空にたどり着いたとき、 不安と恐怖を編みこんだ予測の刺繍絵は、現実と極めて近い形で眼前に姿を現したのである。 「ここでも、あそこでも……なんなのよこれ。どうしてどこでもここでも殺し合いをしてるのよ!」 「暴れまわってる怪獣の数も尋常じゃねえ。それに、あれは人間じゃないな」 信じられないことに、戦いは人間や怪獣ばかりではなかった。 ある場所では、翼人の一団とコボルドの群れが。またある場所ではミノタウロスとオークの群れが斧を ぶつけあい、火竜がワイバーンや風竜と空戦をおこなっているところもある。 「自然の秩序にしたがって生きているはずの亜人まで……でたらめじゃない」 しかし、二人がこれが序の口に過ぎないことを知るのはこれからだった。 空を飛び、ゆく先々の町や村はすべて怪獣に襲われるか、襲われた後の廃墟として二人の目の前に現れた。 それだけではなく、移動する先々の山々や森林も焼き払われ、ひどいところでは砂漠化しているところまである。 そのどこでも、圧倒的な破壊がおこなわれた後……もしくは、それをおこなっている最中の破壊者の姿がある。 人間、エルフ、翼人、獣人、幻獣、怪獣……そして、それらを統率している正体不明の人間たち。 この世界のどこにも、平和はなかった。 「違う……これは、わたしの知ってるハルケギニアじゃないわ」 愕然とするルイズの言うとおり、どこまで飛ぼうとも、いくら戦場後を乗り越えようとも破壊の跡が視界から 消えることはなかった。それどころか、進むほどに戦火は激しくなり、まるで地上すべてがフライパンの上の 肉のように煮えたぎっているかのようにも思える。 空の上には翼人やドラゴンが、地上には人間の軍勢や亜人、そして怪獣たちが無秩序に暴れている。 いったいなんのために戦っているのか、それすらもわからない。 唖然とする二人。と、そのとき二人の耳に聞きなれた低い声が響いた。 「やれやれ……とうとう見ちまったか」 「その声は!」 「デルフか! お前、どこにいるんだ!?」 唐突に響いたデルフリンガーの声に、反射的に周りを見渡す二人。しかし、あの無骨な大剣の姿はなく、声だけが どこからともなく聞こえてくる。 「落ち着け、お前ら。いいか、今お前らは祈祷書に記録されているビジョンを見せられてるんだ。そこは、 かつて俺が生まれた世界……六千年前のハルケギニアだ」 「な……なんだって」 「この荒廃した世界が」 続く声もなかった。この、破壊と混沌にあふれた世界が、あの平和で美しいハルケギニアだとは。 絶句する二人の耳に、重く沈んだ様子のデルフの声が少しずつ入ってくる。 「ふぅ……嫌なこと、思い出しちまったなあ。ブリミルのやつめ、遺品にいろいろ細工してたのは知ってたけど、 よもやこんな仕掛けを祈祷書に残してたとは気づかなかったぜ」 「デルフ、もっとわかるように説明してくれよ」 「ああ、すまねえな。要するに、これは祈祷書に記録されていた過去のビジョンが、お前らの頭の中に投影 されてる光景らしい。六千年前、この世界は見ての通りに、いくつもの勢力が戦争を繰り広げていた。 今でも、エルフとかのあいだではシャイターンとかヴァリヤーグとか、そのときの勢力の名前のいくつかが 語り継がれているらしい。いや、これはもう戦争と呼べる代物じゃなかったな。人間にエルフ……世界中の、 あらゆる生き物を巻き込んだ、際限のないつぶしあいだった」 「いったい、なんでそんな無茶苦茶なことに……」 愕然とする才人の質問に、デルフはすぐに答えなかった。 「すまねえ、まだそこまで記憶が戻ってねえんだ」 いつになく沈んだデルフの答えに、才人とルイズは頭に血を登らせかけたものを押し下げた。六千年分の 記憶と一言にいえば簡単だけれど、それは地層の奥深くに沈んだ化石を掘り返すようなものだろう。 一気に掘り返そうとすれば、デルフが持たないかもしれない。発掘は、赤子の肌を拭くように慎重に 時間をかけなくてはならない。 「わかった。じゃあ、あの怪獣を操ってる連中はなんなんだ?」 いっぺんに聞くのをあきらめた才人は、とりあえず一番気になっていることを尋ねた。 「あれが、この戦いの元凶さ。エルフに悪魔と呼ばれてるのは、あの連中のことだ。あいつらは、この世界に 元々いた怪獣や、どっかから探してきた怪獣なんかを武器にして戦争やってたんだ。ちょうど、今のメイジが 戦争で使い魔を利用するみたいにな」 「怪獣を、兵器に……」 恐ろしい想像が当たっていたことを、才人は喜ぶ気にはもちろんならなかった。 地球人も、怪獣を兵器にという構想はすでにマケット怪獣で実用化の域にある。しかしそれを人間どうしの 戦争に利用しようなどとは考えられもしない。そんな愚かな時代は、かつて核兵器の脅威によって人類絶滅の 危機におびえた前世紀で充分すぎる。 「まあ、コントロールできなくて暴れるにまかせるしかなかったのも少なからずいたらしいが、この混乱の中じゃあ 些細なことだったろうな」 「いったい何者なんだ? 怪獣を操るなんて、並の人間にできるわけないだろう」 「わからねえ……いや、思い出せないんじゃなくて本当に知らねえんだ。俺が作られたのは、連中が現れてから しばらく経ってからのことらしいからな。ただ、なにかしらすさまじい力を誇っていたのだけは確かだ」 デルフの説明は、後半は余計だった。怪獣を操る時点で、手段はともかく常人のそれではない。 現在、二人の見下ろす先にいる怪獣は三匹、いずれも才人の知るところではない姿をしている。 一体は、全身を乾いた岩の色をした二足歩行の恐竜型怪獣。体はごつごつとしていていかついが、 顔つきはどこか柔和なものが感じられる。これは、才人の故郷とは違う地球で岩石怪獣ネルドラントと呼ばれている、 ゴモラなどと同じく古代恐竜の生き残りといわれている怪獣。 もう一体は、同じく二足歩行型で、顔の形がどことなくカンガルーに似ている怪獣。これも、毒ガス怪獣エリガルと 呼ばれてる種類の怪獣で、肩の部分にそのガスの噴出孔がフジツボのようについている。 最後の一体は、ここにキュルケかタバサがいたならば、その姿に記憶のページから同じしおりを選んでいただろう。 古代暴獣ゴルメデ……才人とルイズの知らないところ。エギンハイム村で、翼人たちの伝説に残されていた あの怪獣がそこにいた。 三体の怪獣は、ほかの怪獣たちと同じように、何者かのコントロールを受け、目に付く木々を踏み潰しながら 前進していく。本来ならば彼らにも意思があり、こんな戦いに加わるはずはない。才人とルイズは、道具として 操られている怪獣たちに、一抹の同情を胸に覚えると、デルフに問いかけた。 「なにがしたいのか知らないけど、ひどいことをしやがる」 「わたしは、戦いは名誉や国……なにかを守るためにするものだと教えられてきたわ。けど、この戦いには なにも感じられない。ただ戦うために戦ってるみたい。ねえ、この戦いの結末はどうなったの? いったい 誰が勝ち残ったっていうの?」 「誰も、残らなかったのさ」 「えっ!? うわっ!」 ぽつりと、恐ろしいことをつぶやいたデルフの言葉が終わると同時に、二人の視界をまばゆい光が照らした。 太陽ではない。まして、戦闘の戦火でもない。不可思議な極彩色の光に、二人がおそるおそる目を開けてみると、 そこには幻想的な光景が広がっていた。 「虹……? きれい……」 思わず口から出た言葉のとおり、空には虹色の光が溢れていた。しかし、それは虹などではなく、よく見たら 虹色をした蛍のような小さな光が、雲のような集合体をなしているものだった。 「くるぞ……この戦いを混沌に変えた。本当の悪魔が」 デルフの言ったその瞬間、虹色の雲から光の塊が地上に向かっていくつも降り注いだ。 「なんだっ!?」 それは、虹色の雲から流星が落ちたように地上からは見えたことだろう。流れ星は、まるでそれ自体に 意思があるかのようにネルドラント、エリガル、ゴルメデに吸い込まれていった。 「どうしたっていうのよ……えっ! なに!?」 「ただの戦争だったら、それが一番よかったかもしれねえ。けど、戦いの混沌につけこむように奴らは突然現れた。 そしてこれが、終わりの始まりになったんだ」 淡々と話すデルフの言葉を、才人とルイズは驚愕の眼差しの中で聞いていた。 夢の世界の中で、始祖の祈祷書が語ろうとしている歴史は、まだ先があるようだった。 だが、時を同じくした頃、魔法アカデミーではエレオノールが予感した最悪の事態が起ころうとしていた。 エレオノールに依頼され、ヴァレリーは青い液体の入ったカプセルの開封作業に入った。助手は、先日 アカデミーに入った中ルクシャナという新人研究員。性格的に少々調子のよすぎる感はあるが、入学以来 様々な分野で目覚しい実績を上げている彼女を、ヴァレリーは迷うことなくパートナーにすえた。 「ヴァレリー先輩、私に折り入っての仕事って何ですか? 先輩からご指名されるくらいですから、さぞや 重要な研究なんでしょうね!」 最初から期待に胸を躍らせた様子のルクシャナに、ヴァレリーは苦笑すると同時に頼もしさも覚えた。 彼女は若いくせに、自分やエレオノールに輪をかけた学者バカな気質なようで、男性研究者の誘いも 一つ残らず断って、毎日新しい発見があるたびに目を輝かせている。 「先日、あなたといっしょに遺跡で発掘した青い液体のカプセルがあるでしょう。あれの開封作業に入るわ。 あなたはいっしょに発掘された碑文の修復と解読を急いでちょうだい」 「ええーっ! そんなあ、どうせなら先輩のお手伝いをさせてくださいよ」 「わがまま言わないで、理由は言えないけど急ぐ仕事なのよ。それに、砕けた石碑を修復するには、 根気もそうだけど直観力も大切なの。あれが解読できたら遺跡の秘密にも一気に迫れるわ。一番頼れるのは あなたなの、引き受けてもらえるかしら」 「……わかりました。引き受けましょう」 最後には快く引き受けたルクシャナに、ヴァレリーは内心で素直ないい子だと感心した。彼女はあまり 自分のことを語りたがらないが、わずかに語ったところでは国に婚約者を待たせているらしい。きっと、 その男も彼女のそんなところに魅かれたのだろう。もっとも、それ以外の部分にはさぞ苦労させられているに 違いないが。 ルクシャナに碑文の復元を任せたヴァレリーは、さっそくカプセルの開封作業に移った。これまでの経過から、 物理的な衝撃や、『錬金』による変質も受け付けないとわかっていたので、それ以外の方法を模索する。 今までは内部の破損を恐れて、強行的な手段は避けてきたけれど、非常事態ゆえにヴァレリーは多少 強引な手段を用いてもカプセルを破壊することに決めた。 一方のルクシャナは、碑文の破片の復元作業のおこなわれている部屋にやってきていた。ここでは、 数千ピースに及ぶ石の破片を元通りにする作業が続けられている。これには、さしもの魔法も役には 立たないので、取り組んでいるのは雇われた平民が多数であった。 ルクシャナは、部屋に入るなり彼らに向かって告げた。 「これから、私が復元作業に当たることに決まったわ。あなたたちはご苦労様、ほかのところを手伝ってちょうだい」 命令を受けた平民たちは、ほっとした様子で速やかに部屋を出て行った。彼らとしても、延々と続く石くれとの 格闘には飽き飽きしていたのだ。そして、部屋が無人になったのを確かめると、ルクシャナは復元途中の石碑に 手をかざして、つぶやいた。 「蛮人はだめね。このくらいのことを、何日かかってもできないなんて。でも、私も精霊の力をこんなことに使って、 叔父様に怒られちゃいそうだけど、ね……さて、では石に眠る精霊の力よ……」 いたずらっぽく微笑んだルクシャナが呪文をつぶやくと、バラバラだった石碑の残骸が動き出し、まるで生き物の ように自然に組み合わさっていく。数分もせずに、残骸は一枚の石版の姿を取り戻し、さっそく彼女は書かれている 文字の解読に当たった。 「これは、私たちが使ってた中でも、もっとも古いとされている文字じゃない。これは興味深いわ、なになに……」 好奇心旺盛に、ルクシャナは碑文を読み上げる。 だが、読み進めるうちに彼女の顔からは急速に笑みが消え、読み終えたときには蒼白に変わっていた。 「いけない! そのカプセルを開けてはいけない!」 脱兎のように、ルクシャナは碑文の部屋を飛び出していった。 けれど運命は残酷に、破滅への秒読みを進めつつある。 「おう、ヴァレリー教授、どうやらカプセルが開けられそうですよ」 研究室で、実験台の上に置かれたカプセルに、微細なひびが入りつつあった。加えられているのは、 アカデミーの風のメイジの使用した電撃の魔法である。ヴァレリーはこれまでの実験結果から、高熱や衝撃では このカプセルには通じないと知っていたので、いくつかの可能性を吟味して電撃に賭けたのだ。 「やったわ! 成功のようね」 「おめでとうございます。ヴァレリー教授」 「ええ、これで中身の分析もできるわ。六千年も生きていたミイラの守っていたもの……もしかしたら、 本当に不老不死の妙薬かもしれない。もっとパワーを上げて、一気に砕くのよ」 期待に胸を膨らませて、ヴァレリーはひび割れゆくカプセルを見守った。エレオノールには悪いけれど、 大発見の一番乗りとして自分の名前が歴史に残るかもしれないという、むずがゆい快感もわいてくる。 ところが、ヴァレリーがさらに電撃のパワーをあげるように命令しようとしたとき、ルクシャナがドアを 蹴破らんばかりの勢いで部屋に駆け込んできたのだ。 「待ってください! そのカプセルを開けてはいけません。中のものは、悪魔なのです」 「なんですって!? 悪魔?」 ルクシャナの剣幕に驚いたヴァレリーは思わず聞き返した。そして、意味がわからないという顔をしている 彼女に、ルクシャナは震える声で説明した。 「文字の解読ができたんです。これには、こう書かれていました」 ”未来の人間に警告する。かつてこの地は大いなる災いによって滅ぼされた。 生き残った我々に残された文明も、いずれ消え去るであろう。 しかしその前に、我々は世界を破滅へと導こうとした、巨大なる悪魔たちの一端を捕らえることに成功した。 赤い悪魔の怪獣バニラ。青い悪魔の怪獣アボラス。 我々は彼らを液体に変え、防人とともにはるかなる地底の悪魔の神殿に閉じ込めた。 決してこの封印を破ってはならない。もしこの二体に再び生を与えることがあれば、人類は滅亡するであろう” 語り終わったときには、ヴァレリーもすでに顔色をなくしていた。もはや、どうしてこんなに早く解読が できたのかということなどは思考から消し飛んでいる。 「じゃあ、この液体は青いから……怪獣アボラス!」 愕然とつぶやいた瞬間、ひび割れたカプセルが卵の殻のように割れた。その傷口から、青い液体が どろりと零れ落ちる。 「しまった。遅かった……」 愕然とするヴァレリーとルクシャナの見ている前で、青い液体はどんどん広がっていく。 そして、液体から白煙があがり、流動する液体が何かの形を作りながら巨大化し始めた。 「いけない! みんな逃げてーっ!」 あらんばかりの声で叫び、ヴァレリーは出口へと駆け出した。しかし、怪獣が実体化する速度は彼女たちが 逃げ出すよりも早く、天井を突き破り、床を踏み抜いて研究塔を破壊した。 「間に合わな……きゃぁぁっ!」 ヴァレリーの足元の床が抜け、壁と天井が巨大な瓦礫と化して彼女の上へと降り注いでいった。 アカデミーの研究塔は一瞬のうちに崩れさり、中から青い体をした巨大怪獣が姿を現す。 青色発泡怪獣アボラス……その復活の雄叫びが、廃墟と化した魔法アカデミーに高々と鳴り響いた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔